最新記事

ベラルーシ

ベラルーシの民間機「強制着陸」は前代未聞の横暴──ではない

MILE-HIGH DICTATORSHIP

2021年5月31日(月)16時10分
ジョシュア・キーティング(スレート誌記者)
強制着陸させられたライアンエア機

強制着陸させられたライアンエア機 ANDRIUS SYTAS-REUTERS

<欧米の反発に対し、ロシアは偽善だと非難。民間機は国家権力からの「乱気流」に対して脆弱で、国家はこれまでも「領空」の曖昧さを悪用してきた。今後もその可能性はある>

ベラルーシ政府は5月23日、ギリシャからリトアニアへ向かっていたライアンエア機を、自国領空を通過中に戦闘機を使い首都ミンスクに強制着陸させた。目的は、反体制派のジャーナリストであるロマン・プロタセビッチを逮捕するためだった(本誌6月8日号32ページに関連記事)。

この横暴をめぐる欧米諸国の反発に対して、ロシア政府らは偽善だと非難した。引き合いに出したのは、2013年にモスクワから帰国の途にあったボリビアのモラレス大統領を乗せた飛行機が、ウィーンへと向かわされた事件だ。

同機にはアメリカの国家機密を漏洩した容疑で追われていたエドワード・スノーデンも搭乗していた可能性があったため、アメリカの圧力によりヨーロッパ諸国が飛行許可を出さなかった。

2つの事案は同列に扱えるものではない。今回のベラルーシとは違い、アメリカは偽のテロ脅威をでっち上げたわけでもなく、戦闘機をスクランブル発進させたわけでもない。

だが共通することは、主権国家の権力とその武力行使の範囲は、空中の民間機にもおよぶということだ。

国境は地上に引かれたものと思われがちだが、実際は垂直方向にも伸びている。1944年にシカゴで署名された国際民間航空条約は、その第1条で「締約国は各国がその領域上の空間において完全且つ排他的な主権を有することを承認する」と定めている。つまり、政府は民間機の領空へのアクセスを制限し、強制着陸を要求できる。

1988年にペルシャ湾で米海軍に撃墜されたイラン航空655便や、2014年にウクライナの分離派が撃ち落としたマレーシア航空MH17便などの運命と同じく、民間機は国家権力という地上からの「乱気流」に対して全く脆弱なのだ。

それでも、空高く飛ぶ国際線に乗っていると、一国の領域から外れたような錯覚を起こす。

ベラルーシ政府による「半ハイジャック事件」に世界が衝撃を受けたのはそのためでもあり、主権国家は時に領域の定義をめぐる曖昧さを悪用する。

国家にとって国境は障壁にも

例えば今回の一件はスノーデン事件で起きたある出来事を思い起こさせる。彼がモスクワの空港の乗り継ぎラウンジで拘束されていたとき、ロシアのラブロフ外相は引き渡しを要求するアメリカ政府にこう言って拒絶した。「彼はまだロシア領に入っていない」

実は、乗り継ぎラウンジは地政学上のブラックホール(どの国に属するか定かでない)との議論がある。一方で航空法の専門家は、国際民間航空条約に従えばスノーデンはロシア領空に入った時点でロシアに入国したことになると指摘する。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、「非敵対的」船舶のホルムズ海峡通過容認へ=

ビジネス

米国株式市場=反落、イラン情勢巡り懸念と期待交錯

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、米軍の中東増派報道で「有事

ワールド

トランプ氏支持率36%、2期目で最低 ガソリン高や
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:BTS再始動
特集:BTS再始動
2026年3月31日号(3/24発売)

3年9カ月の空白を経て完全体でカムバック。世界が注目する「BTS2.0」の幕開け

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆保険」を達成した中国の医療保険の実態とは
  • 2
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」モナコ舞踏会に見る富と慈善
  • 3
    【クイズ】2年連続で「世界幸福度ランキング」で最下位になった国はどこ?
  • 4
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店…
  • 5
    イランは空爆により核・ミサイル製造能力を「喪失」…
  • 6
    スペイン王室、王妃と王女の装いに見る「母から娘」…
  • 7
    「買ったら高いじゃん?」アカデミー賞会場のゴミ箱…
  • 8
    「日本人のほうが民度が低い」を招いてしまった渋谷…
  • 9
    表情に注目...ニコール・キッドマン、大富豪夫妻から…
  • 10
    イラン戦争、トランプを泥沼に引きずり込む「5つの罠…
  • 1
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期スペイン女王は空軍で訓練中、問われる「軍を知る君主」
  • 2
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え時の装いが話題――「ファッション外交」に注目
  • 3
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が発生し既に死者も、感染源は「ナイトクラブ」
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 5
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 6
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 7
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポ…
  • 8
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ…
  • 9
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 10
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中