最新記事

英王室

気さくで好奇心旺盛だったフィリップ殿下...絵画の「先生」との心温まる秘話

I Painted Prince Philip

2021年5月20日(木)18時08分
ジョナサン・ヨー(肖像画家)
ジョナサン・ヨー(肖像画家)

ジョナサン・ヨーは数々の著名人の肖像画を手掛けてきた COURTESY OF JONATHAN YEO; JONATHAN YEO

<高齢になっても知的好奇心が旺盛だった殿下が、本記で上達を目指していた絵画のアドバイスをしたら......>

なぜ自分がエディンバラ公フィリップ殿下の肖像画家に選ばれたのか、その理由は分からない。ある慈善団体が私を含めた数人の画家を推薦したのは事実だが、その先の経緯は知らされていない。

だから選ばれたときは驚いた。もちろん、それなりの自負はあった。2006年当時の私は既に、いっぱしの肖像画家だった。イギリス首相だったトニー・ブレアや女優のニコール・キッドマンなど、著名人の肖像画もたくさん手掛けていた。でもエリザベス女王の夫となると、やはり話は違う。1970年生まれの私にとって、殿下の顔は生まれた頃からなじみのもの。この国の景色と同じくらい見慣れていた。その人の顔を、いまさら描くのか。

バッキンガム宮殿に入るのは、その日が初めてだった。ああ、時間の流れと無縁な場所だ。そのときそう思ったのを覚えている。

王族との面会にはふつう、厳密な決まりごとがある。原則として、面会者は決められた場所に立ち、向こうは決められた位置に立って相手に話し掛ける。でも、現れた殿下はそうした儀礼など気にせず、私の用意した小さなキャンバスの前まで来て、「これだね」と言った。

私と交わした会話は多岐にわたった。殿下は好奇心旺盛で、初対面の男から学ぶことにも、初対面の男に教えることにも熱心だった。時事的なこと、例えば環境問題にも関心を寄せていた。

その画風は印象派に似て

絵が完成するまでに、殿下は何度も私の前に座った。そしてあるとき、私の使っている絵の具や溶剤について質問してきた。意外だった。ご自身も若い頃に絵を習い、最近になってまた描き始めたという。それで話が弾んで、殿下はこう言われた──次回には自分の習作を持ってくるから、ぜひ見てほしい。

困った。批評など、できはしない。下手なお世辞を言えば簡単に見抜かれる。でも取り越し苦労だった。殿下は本気で上達したいと思い、プロの助言を求めていた。殿下は強い意志の持ち主だが、画風は印象派に似て、ソフトでロマンチックな色を使っていた。それが意外だった。

最後の回では、別れ際に私のそばに来て、描きかけの絵を見てほほえまれた。何も言わなかった。それが王族のしきたりだと、後に知った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米財務長官、ロシア凍結資産活用の前倒し提起へ 来週

ビジネス

マスク氏報酬と登記移転巡る株主投票、容易でない─テ

ビジネス

ブラックロック、AI投資で各国と協議 民間誘致も=

ビジネス

独VW、仏ルノーとの廉価版EV共同開発協議から撤退
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 2

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 3

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 4

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 7

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「香りを嗅ぐだけで血管が若返る」毎朝のコーヒーに…

  • 10

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中