最新記事

シリア

バイデン政権のシリア爆撃が、ロシア、シリア政府、トルコ、イランの「暴力の国際協調」を招いた

2021年3月1日(月)19時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

イラクとの微妙な関係

ロイター通信は2月26日、米高官2人の話として、バイデン大統領がイラク政府の反発を避けるため、イラク領内ではなくシリア領内に対する爆撃を行うことに同意、実施を指示したと伝えた。

だが、ロイド・オースティン国防長官は記者らに対して以下の通り述べ、イラク政府が爆撃に協力していたと主張した。


我々は、あなたたちが期待しているように、非常に慎重なアプローチをとった。

我々は、イラク人が我々に諜報関連の情報を調査し、その内容を発展させることを認め、奨励した。それは標的を絞り出すうえで大いに役立った。

この主張に従うなら、イラク政府は自国の部隊に対する同盟国の爆撃に荷担したことになる。だが、オースティン国防長官の発言に対しては、イラク国防省が、次のような声明を出して直ちに否定した。


シリア領内の複数カ所を標的とするのに先立って、イラクと諜報関連の情報の交換が行われたとする米国務長官の発言内容に驚いている。

我々はそうしたことが行われたことを否定する一方、有志連合との協力関係が、同連合発足時のダーイシュ(イスラーム国)との戦いに関する目的に限定される。

便乗する諸外国

バイデン政権による初の軍事攻撃は、シリア内戦の当事者たちによる「便乗攻撃」とでも言うべき反応を招いた。シリアでは2020年3月以降、大規模な戦闘は発生せず、小康状態が続いていたが、ロシア、トルコ、「イランの民兵」、シリア政府、クルド民族主義勢力が攻撃の手を強めたのである。

aoyama20210301bb.jpg

筆者作成


シリア北部ラタキア県のフマイミーム航空基地に駐留するロシア軍は2月26日、「決戦」作戦司令室の支配下にあるカッバーナ村一帯に対して爆撃を実施した。

「決戦」作戦司令室とは、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構とトルコの庇護を受ける国民解放戦線(国民軍)などからなる武装連合体で、トルコの支援を受けている。

シリア軍もトルコ軍に狙いを定めた。2月26日、トルコの占領下にあるアレッポ県北西部のアフリーン市に対して砲撃を加えたのである。

シリア軍はまた、「決戦」作戦司令室の支配下にあり、トルコ軍が各所に拠点を設置しているザーウィヤ山に対しても砲撃を行った。同地への砲撃は連日続けられているが、26日の砲撃は、バーラ村近郊のトルコ軍拠点一帯に及んだ。

これに対して、トルコ軍も応戦、政府支配下のカフルナブル市およびその一帯を砲撃した。なお、これに合わせて、「決戦」作戦司令室もイドリブ県南部とハマー県北西部の政府支配地各所を砲撃した。

ダイル・ザウル県でも衝突が発生した。県南東部に位置するタヤーナ村のユーフラテス川東岸に設置されているシリア民主軍の検問所と、シリア政府支配下のクーリーヤ市にあるイラン・イスラーム革命防衛隊の検問所の間で銃撃戦が発生したのだ。

シリア民主軍は、ダイル・ザウル県の油田地帯などに違法に駐留を受ける米国がイスラーム国に対する「テロとの戦い」の協力部隊として全面支援を続ける武装勢力。クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する民兵組織の人民防衛隊(YPG)を主体としている。

戦闘は短時間で収束し、死傷者はなかったが、ユーフラテス川を挟んで戦闘が行われるのは異例。

暴力の国際協調

いずれの「便乗攻撃」もシリア情勢大きな変化を与えるものではなく、今回のバイデン政権による爆撃と同様、限定的な攻撃ではある。だが、トランプ大統領が掲げた米国至上主義に代えて、国際協調を掲げるバイデン大統領による初の軍事行動は、暴力行使という国際協調を招いたかのうようだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ネタニヤフ氏、イラン核問題巡りトランプ氏と協議へ 

ワールド

トランプ氏、グリーンランド特使にルイジアナ州知事を

ワールド

ロ、米のカリブ海での行動に懸念表明 ベネズエラ外相

ワールド

ベネズエラ原油輸出減速か、米のタンカー拿捕受け
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 6
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中