最新記事

宇宙

「なぜ、暗黒物質のない銀河が存在するのか」を示す研究結果

2020年11月30日(月)17時30分
松岡由希子

テネリフェ島・テイデ天文台のIAC-80望遠鏡によって撮影された銀河NGC1052-DF4の周囲の領域

<暗黒物質がほぼ存在しない銀河が見つかり注目されていたが、「大質量銀河に接近したことで、この潮汐力によって引きちぎられる『潮汐破壊』の影響によるものだ」との研究論文が発表された...... >

質量を持つが、電磁波を放射しないため光学的に直接観測できない「暗黒物質(ダークマター)」は、銀河の形成や進化において重要な役割を担っていると考えられている。

暗黒物質が集まり、集合体として成長すると、この重力の作用によって水素やヘリウムなどのガスが集まり、やがてガスが冷やされて高密度になると、ここから恒星が生まれ、恒星が集まって銀河が形成される。この理論によれば、暗黒物質から生じる重力がなければ、ガスが集まらず、銀河を形成できないはずだ。

ハッブル宇宙望遠鏡の観測データを分析

しかし、2018年3月、暗黒物質がほぼ存在しない銀河「NGC 1052-DF2」が、高度547キロの低軌道を周回するハッブル宇宙望遠鏡(HST)によって初めて見つかり、天文学者たちを大いに驚かせた。

2019年10月には、地球から4500万光年の位置で、暗黒物質がない2つ目の銀河「NGC 1052-DF4
」も発見されている。

豪ニューサウスウェールズ大学、スペインのラ・ラグーナ大学(ULL)、アメリカ航空宇宙局(NASA)らの共同研究チームは、ハッブル宇宙望遠鏡の観測データを用いて「NGC 1052-DF4」が暗黒物質を持たない原因を分析し、「大質量銀河に接近したことで、この潮汐力によって引きちぎられる『潮汐破壊』の影響によるものだ」との研究論文を2020年11月26日、学術雑誌「アストロフィジカルジャーナ」で発表した。これによると、「NGC 1052-DF4」の近くにある巨大銀河「NGC 1035」の重力が「NGC 1052-DF4」を引き裂いており、この過程で暗黒物質が取り除かれているという。

暗黒物質がないのは潮汐破壊の影響による......

研究チームは、ハッブル宇宙望遠鏡の観測データをもとに、カナリア諸島ラ・パルマ島のロケ・デ・ロス・ムチャーチョス天文台に設置されているカナリア大望遠鏡(GTC)やテネリフェ島・テイデ天文台の80センチ望遠鏡(IAC-80)を用いて地上からの観測も補完させながら、「NGC 1052-DF4」の光と球状星団(恒星が球状に密集した集団)の分布を分析した。

その結果、「NGC 1052-DF4」の球状星団の空間分布は、これらの球状星団が母銀河からはぎ取られていることを示していた。これは潮汐破壊が起きたことを裏付けている。

また、光の分析により、「NGC 1052-DF4」から遠ざかる物質で形成される潮汐の尾も確認された。これもまた、潮汐破壊が起きたことを示す証左といえる。

研究チームがさらに分析したところ、「NGC 1052-DF4」の中心部はそのままで、恒星の質量のわずか7%程度しか潮汐の尾には存在しなかった。このことから、恒星よりも密度の低い暗黒物質がまず先に銀河からはぎ取られた後、現在は、外側の恒星も同様にはぎ取られ始めていると考えられる。

「『NGC 1052-DF4』に暗黒物質がないのは潮汐破壊の影響によるものだ」とする今回の研究結果は、銀河の形成や進化にまつわる従来の理論とも整合しており、天文学者間での議論はしばらく落ち着きそうだ。

Hubble Views Galaxy Lacking Dark Matter

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されずに「信頼できない人」を見抜く方法
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中