最新記事

豪中対立

中国の傲慢が生んだ「嫌中」オーストラリア

China Learns the Hard Way That Money Can’t Buy You Love

2020年10月15日(木)19時47分
サルバトア・バボンズ(豪社会学者)

中国の買収工作に屈したかどうかはともかく、2018年までにオーストラリアの多くの大物政治家がアメリカとの長年の同盟関係に縛られない「独自外交」を主張するようになった。故マルコム・フレーザー元首相(任期1975〜1983年)やポール・キーティング元首相(1991〜1996年)はアメリカとの同盟関係の解消まで唱え、ボブ・ホーク元首相(1983〜1991年)は引退後に中国政府のためのロビー活動で多額の報酬を稼ぐありさま。政府系シンクタンクのオーストラリア戦略政策研究所が「米国務省から研究助成金を受けているのはけしからん」と、有力政治家や元閣僚が騒ぎ立てるなど、オーストラリア政界では「親中・反米」派が幅を利かせるようになった。

一方で世論は引き続きアメリカとの協力関係を支持し、中国との関係が強化されつつあることに警戒感を示していた。オーストラリアのシンクタンク・ロウイー国際政策研究所の調査によると、2008年から現在まで一貫して世論の70%以上がアメリカとの同盟関係を支持しており、「オーストラリア政府は中国の投資を認可しすぎだ」と答えた人は一貫して半数を超えている。ドナルド・トランプ米大統領の好感度は低いものの、今でも半数以上のオーストラリア人がアメリカは「世界において責任ある行動をとっている」と見ているが、中国に同じ評価した人は23%にすぎない。

エイブラハム・リンカーンの名言として誤って伝わっている言葉に、「ある時期だけ全ての人を騙すことはできるし、一部の人をずっと騙すこともできるが、全ての人をずっと騙すことはできない」というものがある。オーストラリアにおける中国の影響力拡大については、ハミルトン教授の18年の著書もさることながら、人々の目を覚ましたのはマイク・ポンペオ米国務長官の2019年の発言だろう。「一山の大豆のために魂を売るか、それとも自国民を守るか、2つに1つだ」とポンペオはオーストラリア政府に迫った。オーストラリアは中国に大豆を輸出しているわけではないが、中国の影響力がじわじわと国内に広がることに不安を抱いていたオーストラリアの人々はこの発言に強く共鳴した。

それに続いた決定打がコロナ禍だ。中国が初期に誤情報を流したことで、オーストラリアでも人々の間では中国に対する不信感が一気に高まった。ただこの時点では、政府は中国寄りの姿勢を変えなかった。オーストラリアのブレンダン・マーフィー連邦首席医務官は、中国の迅速な対応により国境を越えた感染拡大は抑え込めると発言。ビクトリア州の有力政治家は、武漢の都市封鎖を手放しでたたえた。

「飼い犬」に噛まれた怒り

風向きが変わったのはその後だ。オーストラリアのスコット・モリソン首相とマリズ・ペイン外相がWHO(世界貿易機関)年次総会で新型コロナウイルスの発生源などについて武漢市を念頭に国際調査を要求。これに中国が猛反発した。

オーストラリアの中国大使館は、「オーストラリアの政治家はアメリカ人が言うことをオウム返しにするのに必死で、アメリカに言われるままに中国への政治的な攻撃を演出した」と苦言を呈した。中国外務省はさらに痛烈な言葉を使い、オーストラリアは「政治的な目的で疑念と告発を利用するという全くもって無責任」な行動を取ったと批判。「イデオロギー的な偏見と政治ゲーム」をコロナ対策に持ち込むなと、オーストラリアに釘を刺した。

調査要求は「中国の人々の感情を傷つけた」と言ったのは、中国の駐オーストラリア公使・王晰寧だ。「オーストラリアは中国の良い友人だと思っていたのに、青天の霹靂(へきれき)のように彼らがこんな提案をしたというニュースが飛び込んできて、中国の人々はショックを受けた」と、王は怒りをあらわにした。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ネクスペリアに離脱の動きと非難、中国の親会社 供給

ビジネス

米国株式市場=5営業日続伸、感謝祭明けで薄商い イ

ワールド

米国務長官、NATO会議欠席へ ウ和平交渉重大局面

ワールド

エアバス、A320系6000機のソフト改修指示 運
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 9
    エプスタイン事件をどうしても隠蔽したいトランプを…
  • 10
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中