最新記事

日本外交

菅首相、訪問先のインドネシアで500億円の円借款供与 ジョコ大統領と安保、医療でも協力を決めたが──

2020年10月20日(火)22時10分
大塚智彦(PanAsiaNews)

安全保障での外務・防衛相の会議を設置

また北朝鮮問題や南シナ海などに関連した安全保障、防衛の分野では今後両国の外務・防衛大臣クラスによる「2+2」会議を設けて緊密な意見交換を図ることでも合意したという。

南シナ海に関してはジョコ・ウィドド大統領も「安全で安定した海域としたい」と述べて期待を示した。

首脳会談、そしてインドネシア側の閣僚が参加した会談と、約2時間の会談で日本、インドネシア側は共に「戦略的パートナー」としての関係を再確認するとともに、さらに関係強化を図ることとなった。

今回の首脳会談を「日本からの経済支援、投資促進」という側面からとらえて多くのインドネシアのメディアは「歓迎ムード」の論調で菅首相を迎えている。

ただ、中国が関連してくる南シナ海の問題や先に米、インド、オーストラリアと日本が開いた日米豪印4カ国外相による会議が経済、安保をめぐる対中国戦略での共同歩調の一環とされていることから、そうしたインド・太平洋における大国が関連した枠組みの中にインドネシアが組み込まれることへの警戒感があるのも事実である。

安全保障での協力をあてにすると大きな誤算も

菅首相はインドネシア訪問前に訪れたベトナムで、日本が提唱する「自由で開かれたインド太平洋」構想へのベトナムの協力を取り付けた。これは今年のASEAN一連会議の議長国がベトナムであり、南シナ海で中国との間で領有権問題を抱えるというベトナムの立場を重視したものといえる。

ただ議長国ベトナム、ASEANの大国インドネシアを南シナ海問題で日本の思惑に引きこんだとしても、全会一致を原則とするASEANでは共同声明などで、中国を名指しして批判したり問題提起することが、親中のカンボジアやラオスの反対で過去に何度も拒否されてきた経緯がある。

こうしたことからベトナム、インドネシアを説得しても実際にASEANの一連の会議でどこまで対中国で結束できるかははなはだ疑問との指摘も強い。

そしてインドネシア国内にある米中あるいは日米豪印などという大国の安保の枠組みに組み込まれることへの警戒感もあり、ASEANとの安保問題は今後に向けて課題は大きいといわざるを得ない。

菅政権がそうした安保面での協力などをあてこんだうえでの今回のインドネシアへの多額の円借款供与だとすれば、大きな誤算となる可能性もある。インドネシア側のしたたかで計算高い戦略を読み誤った可能性もあるといえるだろう。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ナワリヌイ氏死因は「毒殺と判明」と妻、検体を海外機

ビジネス

午前の日経平均は反発、最高値を更新 FOMC無難通

ワールド

グテレス氏「われわれは未知の海域に」、国連総会の一

ワールド

豪就業者数、8月は5400人減に反転 緩やかな労働
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中