最新記事

中国

「習近平vs.李克強の権力闘争」という夢物語_その1

2020年9月1日(火)18時30分
遠藤誉(中国問題グローバル研究所所長)

実は2014年の時点で李克強は「中国には一人平均純年収が1400米ドルに達しない農民が6億人いる」と表明している。これは世界経済フォーラムでのスピーチで言った言葉で、習近平との度重なる協議の末に決めたデータだ。だから2014年5月9日の中国共産党機関紙「人民日報」にも堂々と大きく掲載されている。リンク先として中華人民共和国商務部のウェブサイトを挙げておこう。

この1400米ドルを当時のレートに変換すると約8600人民元となり、月収716人民元となる。それが今では1000元になったというのは、かなり上昇したことになる。記者会見での「6億人」は2014年でのスピーチの「6億人」と同じで、実は農民を指している。

何としても習近平は2021年までに貧困から脱して小康社会を実現したいと思っているので、この数値も習近平をはじめとした中共中央が共有しているデータである。

人民日報(ここでは商務部公式サイト)には「平均純収入」という形で掲載されているが、これは一世帯の収入を世帯人口で割り算した数値を指す。仮に農家の一人当たりの月収が1000元で、その世帯には仮に祖父母や孫(赤ちゃん)など世帯人口が5人いたとすると、その世帯には実際は5000元の月収があることになる。「平均純収入=世帯収入/世帯人口」であることに留意しなければならない。

今年5月28日の記者会見においても、実は中国共産党機関紙である「人民日報」の記者の質問に対して回答したものである。一般に質問は事前に出されているが、特に人民日報だ。党内で検討していないはずがない。

実は習近平は国際社会に対して中国はあくまでも「発展途上国」だとして途上国優遇策を獲得し続けている。したがって貧困脱却を謳うと同時に、実は「一人当たりのGDPは少ないんです」という矛盾したシグナルを発し続けている。

中国の2020年の貧困脱却の基準は、毎年の「平均純収入」が4000人民元以下なので、李克強が言った年収1万2000人民元以下というのは、かなりの収入がある者を指しており、習近平が党の方針として唱えている貧困脱却をかなり達成しているということになる。習近平は一方では発展途上国優遇という特別待遇を維持しようとしているので、この金額が中共中央(習近平)にとってのギリギリの妥協線なのである。

以上述べた「1と2」の詳細は白井一成氏との共著『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』のp.81~p.85に書いた。

長すぎるので、「3と4」に関しては、このあと続けて発表するコラム「その2」で書くこととする。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。


中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』,『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。
この筆者の記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECBが金利据え置き、4会合連続 インフレ見通し一

ワールド

ロシア中銀、欧州の銀行も提訴の構え 凍結資産利用を

ビジネス

英中銀、5対4の僅差で0.25%利下げ決定 今後の

ワールド

IS、豪銃乱射事件「誇りの源」と投稿 犯行声明は出
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末路が発覚...プーチンは保護したのにこの仕打ち
  • 2
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 6
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 7
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 8
    円安と円高、日本経済に有利なのはどっち?
  • 9
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 10
    欧米諸国とは全く様相が異なる、日本・韓国の男女別…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中