最新記事

北朝鮮

「金正恩死亡説」は眉に唾して聞け

The Brief Death of Kim Jong-Un

2020年5月14日(木)17時40分
アイザック・ストーン・フィッシュ(アジア・ソサエティー上級研究員)

しかも今はアメリカとの関係が冷え込んでいるから、北朝鮮の崩壊で約2万8500の在韓米軍が北上してくる事態は避けたい。中国北東部には朝鮮系の住民が多いが、彼らに対する韓国の影響力が強まるのも困る。

アメリカはどうか。ドナルド・トランプ大統領は、金正恩と個人的な関係を深めれば北朝鮮の脅威を回避できると今なお信じている。だから昨年9月には、北朝鮮に核兵器の放棄を迫る国家安全保障担当補佐官のジョン・ボルトンを突如として解任した。昨年2月にベトナムの首都ハノイで開かれた第2回米朝首脳会談は物別れに終わったが、3回目の首脳会談が年内に(もちろんトランプが11月の選挙で首尾よく再選を果たした後に)開かれる可能性はある。

それに、北朝鮮の崩壊で傷つくのはトランプのエゴだけではない。金正恩の愛する核兵器や、あの国が隠し持つ化学兵器や生物兵器などが国外に流出し、反米的なテロ組織などの手に渡れば、アメリカの安全も大きく傷つくことになる。

仮にアメリカで政権交代があっても、こうした事情に変わりはあるまい。民主党の大統領候補にほぼ確定している前副大統領のジョー・バイデンは北朝鮮から「狂犬病にかかった犬(だから殴り殺されて当然)」と罵倒されているが、それでも一定の条件が整えば金正恩との会談に応じる姿勢を見せている。

ともかく北朝鮮で何が起きるかは分からない。かつて英国のウィンストン・チャーチルは旧ソ連の権力闘争をカーペットの下で争う2匹のブルドッグに例え、「部外者に聞こえるのはうなり声のみ」で、「下から飛び出てくる骨を見るまで勝ち負けは分からない」と評したが、まさにそのとおり。北朝鮮の内部で起きていることに関して、私たちの知り得る情報は少な過ぎる。だから、どんな分析も眉に唾して聞くべきだ。

4月の韓国総選挙で脱北者として初めて国会議員に選ばれた太永浩(テ・ヨンホ、かつては北朝鮮のエリート外交官だった)の証言によれば、同国の外務省でさえ金正日の死去(2011年)を知らされたのは公式発表のわずか1時間前だったという。筆者自身も、ある北朝鮮当局者から、官僚でも同じ建物の別なフロアで何をしているかを知らされていないと聞いたことがある。体制内にいる人でさえ、何も知らされていないのだ。

それでもアメリカ政府には諜報機関からの報告が上がってくるだろうし、現地のスパイや軍事衛星の映像から得られる情報もある。だから、いわば月面の地形を見分けるくらいのツールはある。しかし私たちに望遠鏡はない。知ったかぶりは禁物だ。

©2020 The Slate Group

<本誌2020年5月19日号掲載>

【参考記事】金正恩重体説に飛びつく期待と幻想
【参考記事】金正恩「死んだふり」の裏で進んでいた秘密作戦

20050519issue_cover_150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年5月19日号(5月12日発売)は「リモートワークの理想と現実」特集。快適性・安全性・効率性を高める方法は? 新型コロナで実現した「理想の働き方」はこのまま一気に普及するのか? 在宅勤務「先進国」アメリカからの最新報告。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

規制・制度など「障害」の情報提供を、AI活用推進で

ワールド

トランプ氏、カナダとの新規橋梁巡り開通阻止を警告 

ワールド

米軍、東部太平洋で船舶攻撃 2人死亡

ワールド

シンガポール、今年の成長見通し上方修正 堅調な世界
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 2
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...周囲を気にしない「迷惑行為」が撮影される
  • 3
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業績が良くても人気が伸びないエンタメ株の事情とは
  • 4
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 7
    変わる「JBIC」...2つの「欧州ファンド」で、日本の…
  • 8
    「二度と見せるな」と大炎上...女性の「密着レギンス…
  • 9
    衆院選で吹き荒れた「サナエ旋風」を海外有識者たち…
  • 10
    韓国映画『しあわせな選択』 ニューズウィーク日本…
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 3
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予防のために、絶対にしてはいけないこととは?
  • 4
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 5
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 8
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 9
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 10
    エヌビディア「一強時代」がついに終焉?割って入っ…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 4
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 7
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 8
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 10
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中