最新記事

新型コロナウイルス

ウイルス発生源をめぐる米中対立と失われたコロナ封じ込め機会

2020年4月22日(水)15時15分
小谷哲男(明海大学教授・日本国際問題研究所主任研究員)

新型コロナウイルスを繰り返し「チャイナ・ウイルス」と呼び、記者の質問攻めにあうトランプ(3月18日、ホワイトハウス) Jonathan Ernst-REUTERS

<当初ウイルスを過小評価し続けたトランプは、感染拡大が深刻化し、影響が経済に及ぶと、一転して中国を非難し始めた。米中両国が互いの知見を共有し協力しなければ、問題の解決は難しい>

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生源に関して、米国のトランプ政権は、最初の発生地となった武漢市のウイルス研究所から流出したものとの見方を強めている。ポンペイオ国務長官は、中国政府がこの研究所への米国人専門家のアクセスを拒否していることを明らかにし、トランプ大統領は武漢の研究所が発生源となった可能性についての調査を行い、中国が意図的に情報を隠していたなら「重大な結果」を招くと発言している。大統領の側近の中には、中国がウイルスの情報を隠すのは、ワクチンを真っ先に開発し、世界中に恩を売るためだと考えているものもいる。

中国科学院武漢ウイルス研究所(Wuhan Institute of Virology)は、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の感染拡大をきっかけに深まった国際保健分野での米中協力の最前線の1つである。同センターは、病原体を取り扱う上でもっとも高い基準のバイオセーフティレベル4(BSL-4)を満たす実験施設を備えており、SARSの感染拡大のような事態の再発防止のため、米国国立衛生研究所の資金提供を受けて、ハーバード大学やテキサス大学などと提携して1500種類以上の危険性が高いウイルスの研究が行われている。

現時点では同研究所が新型コロナウイルスの発生源となったという確たる証拠はなく、同研究所も中国政府もその可能性を否定している。しかし、米国第一主義を掲げるトランプ政権と、中華民族の偉大な復興を目指す習近平体制の対立と相互不信は、地政学と貿易の分野から国際保健にも急速に拡大しつつある。世界の2大経済大国である米中の対立は、現在の感染拡大を収束させる上でも、将来の新たな感染症拡大を予防する上でも、国際社会にとって重大な懸念である。

発生源をめぐる疑惑

新型コロナウイルスがコウモリに由来することは間違いないが、当初中国政府はウイルスの発生地が武漢市の海鮮市場であると主張した。しかし、この海鮮市場ではコウモリは取引されておらず、中国の研究者の中には、コウモリのウイルスが希少生物のセンザンコウを介してヒトに感染したという見方を示すものもいる。しかし、新型コロナウイルスの正確な発生源も、最初の患者(ゼロ号患者)も未だに特定されていない。

発生源が不明な中、米国内ではこれが武漢ウイルス研究所で開発された生物兵器ではないかとの憶測が一時広まった。保守系のワシントンタイムズ紙がその可能性を報じただけでなく、トム・コットン上院議員なども中国の生物兵器との見方を表明した。また、ウイルスの発生地を明確にするため、トランプ大統領は「中国ウイルス」、ポンペイオ国務長官は「武漢ウイルス」という呼称にこだわった。これに対し、中国外交部の報道官は新型コロナウイルスの発生源は米国で、米軍によってウイルスが武漢にもたらされた可能性に言及した。このような陰謀論と情報戦は、米中の根深い相互不信を反映するものであった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国最高裁、李在明氏の無罪判決破棄 大統領選出馬資

ワールド

イスラエルがシリア攻撃、少数派保護理由に 首都近郊

ワールド

学生が米テキサス大学と州知事を提訴、ガザ抗議デモ巡

ワールド

豪住宅価格、4月は過去最高 関税リスクで販売は減少
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中