最新記事

韓国総選挙

新型コロナ危機は与党に味方した?韓国総選挙

South Korea Holds World’s First National Coronavirus Election

2020年4月14日(火)19時24分
モーテン・ソンダーガード・ラーセン

感染防止のため拳で「握手」する野党「正しい未來党」の候補者(左)と支持者(ソウル、4月10日) REUTERS/Heo Ran

<コロナショックを逆手に取って攻め込もうとした野党の思惑は、途中で政府の対コロナ政策が成功し始めたことで裏目に出たか>

韓国のソウル中心部のある小路では、ひとりの女性がせわしなく行き来しながら、列に並ぶ人たちにもっと間をあけるよう声をかけている。列に並ぶ人たちは「ソゴンドン期日前投票所」と書かれたポスターの前で自撮りをするのに余念がないが、女性の大声を耳にすると、周囲を見回して列に戻る。

この人々は、韓国総選挙で一票を投じ、市民としての義務を果たすためにここにいる。同時に、ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離戦略)という義務も果たさなくてはならない。韓国は、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)に覆われた世界で、総選挙を実施する最初の国だ。

投票ブースが並ぶ部屋の入り口に近づくと、職員がレーザー体温計で人々の検温をしている。マスクをしていない人は入室を拒否される。発熱が認められた人は、指定の場所でほかの人と離れて投票をさせてもらえる。

投票に訪れた人には、投票前に使い捨てのビニール手袋が配られる。投票が終わると除菌スプレーが差し出される。新型コロナウイルスの脅威は、その場の空気に、そして、投票する人の心の中に、確かに張り付いている。

「それはそうだ、緊張するに決まっている」と、投票所近くで働く若い男性リ・ドンヘはそう語った。「でも適任の人を選ぶ権利は非常に重要だ。新型コロナウイルスが流行している今なら尚更だ」

正式な投票日は4月15日だが、韓国では2013年以降、投票率を上げるために期日前投票を2日間実施している。新型コロナウイルスの影響で投票率が下がることを懸念する声もあったが、実際はむしろその逆のようだ。

すでに、有権者の4分の1を超える26.7%の人が投票を済ませた。2016年総選挙時の期日前投票の投票率12.1%の倍以上だ。新型コロナウイルスのパンデミックが、危機の時こそ指導者がいかに重要かを思い出させたのかもしれない。

コロナ危機は野党にとって、ちょっとした足かせとなっている。韓国政府が新型コロナウイルスの流行に適切に対処し、多くの命を救ったことが良いことであるのは間違いない。しかし、野党にとっては由々しき事態だ。野党は現在、世論調査で不利な状況になっている。

「野党は、新型コロナウイルスの感染拡大は与党にとってマイナスになると考え、与党批判を続けてきた」。政治評論家で慶煕サイバー大学非常勤教授のチェ・ヨンイルはそう話す。

最初はそれが奏功した。新型コロナ対策での政府の過失や失策、それによる犠牲に的を絞ったことで、野党の言い分の正しさが証明され、無党派層の支持を得た。

「新型コロナウイルスの流行がピークにあったころは、野党に共感する人もいた。とりわけ政府が感染源とされる中国からの入国を禁止しなかったことには特に批判が強かった。総選挙が1カ月早く実施されていたら、与党は負けていただろう」とチェは話す。

だが野党の戦略がうまくいったのは最初のうちだけだった。政府が成功を収め始めたためだ。

韓国問題に注目している米シンクタンク国際政策センターのアンリ・フェロン上級研究員は、「国内外で政府の新型コロナウイルス対策への評価が高まり、野党の戦略は裏目に出る結果となった」と指摘。「勢いに乗った与党『共に民主党』『我々はコロナ戦争に必ず勝利する』を選挙スローガンに掲げた。与党はこの総選挙をウイルス対策の成否についての国民投票と位置づけている」

文在寅大統領に対する有権者の支持も高まっている。韓国の世論調査機関リアルメーターによれば、文の支持率は54.4%へと劇的に上昇。南部・大邱の教会を中心にCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の集団感染が起きた2月末と比べると10ポイント近く上昇した。

韓国では、公職選挙法により選挙前1週間は世論調査の発表が禁止されているため、実際のところは開票作業が終わってみないと趨勢もわからない。だがリードしているのは「共に民主党」であるようにみえる。たとえば「共に民主党」の牙城である全羅道地域の北部と南部では、期日前投票の投票率が過去最高を記録している。

3つの重要なポイントで失敗

野党は、チェが言うところの「野党が成功するための3つのポイント」で失敗した。1)政府の欠点を批判し、2)代案を提示し、そして3)政府がいい仕事をしている時には協力する、の3つだ。

「票を獲得する上ではこの3つのバランスが必要だが、彼らはそれに失敗した。有権者は政府が交代した場合に今よりも事態が好転するのかどうかを知りたいのに、代案を提示しなかった。国民が団結を求めている時に、政府と協力しなかった」とチェは言う。「国民が目にしたのは、党派間の争いだけだった」

野党のメンバーの中には、政府に代わる策を提示した者もいた。新たに結成された「国民の党」の代表で元医師の安哲秀は、新型コロナウイルスの感染が流行していた頃に大邱に赴き、医療ボランティアとして現地の医療従事者たちを手伝った。医療用ガウン姿で汗だくになって働く彼の写真がインターネット上に広まると、世論調査での国民の党の支持率は急上昇した。だがそれも長続きはせず、安がソウルに戻って来ると彼の支持率も元に戻った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請、6000件減の21.6万件 7

ワールド

中国、日本渡航に再警告 「侮辱や暴行で複数の負傷報

ワールド

米ロ高官のウ和平案協議の内容漏えいか、ロシア「交渉

ワールド

サルコジ元大統領の有罪確定、仏最高裁 選挙資金違法
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 5
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 6
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 7
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 8
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 9
    「世界の砂浜の半分」が今世紀末までに消える...ビー…
  • 10
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 6
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 7
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 8
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中