最新記事

新型肺炎 何を恐れるべきか

【特別寄稿】作家・閻連科:この厄災の経験を「記憶する人」であれ

NEVER FORGET

2020年4月3日(金)12時20分
閻連科(作家)

予測可能な近い将来、銅鑼や太鼓の音を鳴り響かせ、詩文が飛び交い、「新型コロナウイルス肺炎という国家の戦争」に勝利したと大騒ぎして高らかにたたえる声が上がるとき、諸君にはそんな空疎な歌を高らかに歌う物書きではなく、ただ個人としての記憶を持つ嘘偽りのない人間でいてほしいのです。

至る所で盛大な演出が繰り広げられるとき、舞台の上の役者でも朗読者でもなく、その舞台に拍手する人でもなく、舞台から最も遠いところに立って、黙ってそのパフォーマンスを見つめながら熱い涙に目を潤ませる、やりきれない思いを抱く人でいてほしいのです。

われわれの才能、勇気、そして精神力は、方方のような物書きにはなれなくても、少なくとも方方を邪推したり、皮肉ったりする連中の中に、われわれの姿や声を置いたりはしないのです。最終的に穏やかでにぎやかな世界が戻ってきて、海のような歌声の中、新型肺炎に向き合い、われわれは疑問を大きな声で投げ掛けることができなくても、小さな声でひそひそと良識と勇気をささやくのです。「アウシュビッツ以降、詩を書くことは野蛮である」(ドイツの哲学者テオドール・アドルノ)とは言いますが、しかしひたすら言葉もなく、話すことなく、忘れてしまうのは、野蛮よりもさらに野蛮であり、恐ろしいことなのです。

李文亮のような「警笛を吹く人(警鐘を鳴らす人、告発者)」にはなれないのなら、われわれは笛の音を聞き取れる人になろう。

大声では話せないのなら、耳元でささやく人になろう。ささやく人になれないのなら、記憶力のある、記憶のある沈黙者になろう。われわれはこの新型肺炎の事の起こり、ほしいままの略奪と蔓延、近くもたらされるであろう「戦争の勝利」と称される万人の合唱の中で、少し離れたところに黙って立ち、心の中に墓標を持つ人になろう。消し難い烙印を覚えている人になろう。いつかこの記憶を、個人の記憶として後世の人々に伝えられる人になろう。

2020年2月20日 北京

<2020年3月10日号「緊急特集:新型肺炎 何を恐れるべきか」特集より>

20200310issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年3月10日号(3月3日発売)は「緊急特集:新型肺炎 何を恐れるべきか」特集。中国の教訓と感染症の歴史から学ぶこと――。ノーベル文学賞候補作家・閻連科による特別寄稿「この厄災を『記憶する人』であれ」も収録。

※最新号(3月31日発売)でも新型コロナウイルスの特集を組んでいます。

cover200407-02.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年4月7日号(3月31日発売)は「コロナ危機後の世界経済」特集。パンデミックで激変する世界経済/識者7人が予想するパンデミック後の世界/「医療崩壊」欧州の教訓など。新型コロナウイルス関連記事を多数掲載。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 2
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 5
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 6
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    ただのニキビと「見分けるポイント」が...顔に「皮膚…
  • 10
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 9
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中