最新記事

事件

フィリピン政界、謎の連続殺人 非公開麻薬関連リストで広がる疑心暗鬼

2020年2月25日(火)19時45分
大塚智彦(PanAsiaNews)

大統領が表彰した側近もリストに名前?

こうした麻薬関連犯罪に対する捜査現場での令状や命令、許可なしの発砲で容疑者を射殺する超法規的措置による厳しい取り締まりが現在も続いており、ドゥテルテ大統領の2016年6月の就任以来これまで殺害された容疑者は警察発表で約6000人とされているが、人権団体などでは実数にはその「約5倍」と見積もっている。

捜査に名を借りた麻薬売人同士の争いや証人を消すための殺人、麻薬と無関係の殺人なども横行しているためとされている。

こうしたなか、ドゥテルテ大統領から麻薬捜査で功績を上げて表彰を受けた幹部警察官に対する麻薬関連疑惑が新たに浮上する事態になっている。

麻薬汚染地帯として知られたミンダナオ地方東ミサミス州バコロド市で麻薬犯罪に関連した疑いが浮上していた市長を射殺したり、西ビサヤ地方イロイロ市の麻薬組織のボスを射殺したりと数々の功績をあげたことでドゥテルテ大統領から表彰を受けたこともあるバコロド警察署副署長のエスペニド警視補が2月になって突然解職に追い込まれた。

2017年8月にイロイロ市警察署長に異動するエスペニド氏に対してドゥテルテ大統領は「逮捕の際に抵抗するバカは殺してもよい」と公の席で指示しており、当時は人権団体などから「殺人許可を与えるなど人権問題だ」と批判を浴びたこともある。

しかし深刻な麻薬問題への強硬なドゥテルテ大統領の施策は国民の間では高い評価を得ており、2020年に入ってからもその支持率は依然として80%近くを維持している。

2020年2月に新たに更新されたという麻薬犯罪関連容疑者リストの中にそのエスペニド氏の名前が記載されているとの情報が流れ、警察幹部の判断で捜査の第1戦から退かせたもので、今後エスペニド氏は麻薬捜査の対象になる可能性が高いという。

情報を聞いたドゥテルテ大統領はパネロ報道官を通じて2月14日に「報告は真実でないと考えている」と反発しているというが、エスペニド氏に関する麻薬関連捜査の着手には許可を与えたという。

ドゥテルテ大統領とともに麻薬捜査の陣頭指揮を執っていた国家警察のアルバヤルデ前長官は2019年10月に辞任している。警察の組織ぐるみとされる押収麻薬の横流し問題への関与疑惑が浮上したのが辞任理由とされている。

このように麻薬事件関連容疑者の逮捕、射殺が続く一方で、容疑者リストに名前があるとされる地方市長や町長の殺害事件、さらに警察内部の容疑者に対する捜査の着手など、ドゥテルテ大統領の「麻薬に手を染めたものは身内でも許さない」とする断固とした姿勢は容疑者が警察幹部でも決して揺るぐことはない。

リストに名前がある、ないということが「心にやましいところがある、身に覚えがある」という人々を戦々恐々とした恐怖に陥れており、まさにドゥテルテ大統領の思惑通りの麻薬撲滅作戦が進んでいるともいえるのが今のフィリピンである。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


20200303issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年3月3日号(2月26日発売)は「AI時代の英語学習」特集。自動翻訳(機械翻訳)はどこまで使えるのか? AI翻訳・通訳を使いこなすのに必要な英語力とは? ロッシェル・カップによる、AIも間違える「交渉英語」文例集も収録。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

サウジ原油輸出、6月急増し1年超ぶり高水準 供給途

ワールド

ダライ・ラマ、「輪廻転生」制度を存続 後継選定で中

ワールド

豪小売売上高、5月は前月比0.2%増と低調 8日の

ビジネス

豪カンタス航空、600万人分の顧客データベースにサ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 8
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中