最新記事

感染症

韓国でMERSが拡大した理由──国民の生命より体制維持を優先する「持病」とは

Seoul’s Chronic Problem

2020年2月7日(金)11時45分
前川祐補(本誌記者)

MERS拡大は財閥への韓国国民の怒りを招いた KIM HONG-JI-REUTERS

<新型コロナウイルス対策をめぐり、体制を揺るがす脅威と見なしたことは真実であっても隠蔽し、言及した者の「教育」に走る中国。同様に、2015年のMERS流行の際、韓国の朴政権が真相究明を弾圧で退けた。本誌2015年6月30日号掲載記事より>

韓国で猛威を拡大し続けるMERS(中東呼吸器症候群)の死者は、先週末までに24人に達した。WHO(世界保健機関)による緊急事態宣言こそ見送られたものの、感染が終息する見通しは立っていない。当初、MERS患者が重症化したり、死に至るのは高齢者が中心とみられていた。だが、先週40代の死者が出たことで「通説」が覆され、韓国社会に動揺が広がっている。

今回、韓国でMERSが広がった背景には、この国が抱える「持病」の再発がある──政府と財閥の癒着、そして自らへの批判や真相究明を許さない政府の「弾圧」行為だ。

韓国では10大財閥の売上高がGDPの7割に匹敵する。その頂点に君臨するのが、サムスングループだ。今回、約160人に上るMERS感染者の半数がその系列病院であるサムスンソウル病院で感染した。

「国内最高峰の医療機関」の呼び声高いサムスンソウル病院が犯したミスは致命的だった。まず、感染した医師や緊急搬送員が隔離されないまま勤務を続けて感染拡大の原因になった。さらに、隔離対象者にリストアップされるべき医療関係者や患者44人を見落とした。

ただ、批判が集まるのはこうしたミスよりも、感染拡大の原因をつくっておきながら傲慢な対応を取り続けてきたその姿勢にある。

MERS感染の拡大が明らかになり始めた今月2日、保健福祉省はMERS患者が発生した病院に対し、病棟全体を隔離する方針を示した。これを受けてソウル市内のほかの医療機関は次々と強制閉鎖に追い込まれたが、サムスンソウル病院だけは「自主判断」に委ねられ、通常の診療が続けられていた。

その後、感染が拡大すると、朴槿恵(パク・クネ)大統領は官民合同のMERS緊急対策チームに病院を強制閉鎖させる権限を付与した。それでも権限が発動されることはなく、サムスンソウル病院が閉鎖を決めたのは朴の発表からほぼ1週間後のことだった。意地でも病院を閉鎖しなかったのは経営を優先したため、とメディアは指摘している。

政府との取引で謝罪?

強気な姿勢は国会でも変わらなかった。MERS対策特別委員会に証人喚問されたサムスンソウル病院の感染内科長は、感染拡大の原因が同病院にあると指摘した野党議員に対して、「(感染拡大の穴は)われわれではなく国があけたものだ」と言い放った。

GDPの2割と同額の年商を誇る巨大財閥サムスングループに甘いのは政府だけではない。韓国メディアも、たとえ不祥事があっても面と向かった批判を控える、というのがこれまでの不文律だった。

さすがに今回はこぞって「傲慢な発言」「社会への影響より企業利益を優先」と、痛烈に批判。メディアの攻勢で追い込まれたサムスン病院の宋在焄(ソン・ジェフン)院長が国立保健研究院に呼び付けられ、朴に公開叱責される羽目に陥った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米ロ、欧州向けガス供給巡り協議 ロシア当局者が確認

ワールド

ゼレンスキー氏、10日に「有志連合」首脳会議を主催

ワールド

週末の米中貿易協議、前向きな展開の兆し=米NEC委

ビジネス

トランプ氏、富裕層増税「問題ない」 共和党に政治的
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 2
    SNSにはトップレス姿も...ヘイリー・ビーバー、ノーパンツルックで美脚解放も「普段着」「手抜き」と酷評
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    教皇選挙(コンクラーベ)で注目...「漁師の指輪」と…
  • 5
    恥ずかしい失敗...「とんでもない服の着方」で外出し…
  • 6
    骨は本物かニセモノか?...探検家コロンブスの「遺骨…
  • 7
    「金ぴか時代」の王を目指すトランプの下、ホワイト…
  • 8
    ついに発見! シルクロードを結んだ「天空の都市」..…
  • 9
    12歳の子供に二次性徴抑制剤も...進歩派の極端すぎる…
  • 10
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 7
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 8
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 9
    野球ボールより大きい...中国の病院を訪れた女性、「…
  • 10
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中