最新記事

北朝鮮

兵士が農民に銃を向けて......北朝鮮「食糧争奪」で分裂の危機

2019年12月19日(木)13時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

食糧事情の悪化で当局は軍糧米の徴収を急いでいる(写真は朝鮮人民軍創立70年のパレードに参加した兵士) Damir Sagolj-REUTERS

<今年コメの収穫が大きく減少した北朝鮮では、軍糧米の拠出をめぐって各地の党下部組織と協同農場が激しく対立する事態となっている>

米農務省は、先月13日に発表したコメに関する報告書で、今年の北朝鮮のコメ収穫量が昨年の157万3000トンから21万3000トン(約13%)減少した136万トンになる見込みだとしている。また、国連人道問題調整事務所(OCHA)も先月4日に発表した報告書で、全人口の約4割にあたる1010万人に対して緊急の食糧支援が必要な状況だと明らかにしている。

このように北朝鮮の食糧事情が逼迫する中、当局は軍に配給する軍糧米の徴収を急いでいるが、強引なやり方で農業関係者とのトラブルが続発している。

軍糧米を確保しようとする軍と、なかなか渡そうとしない農場との間では以前からトラブルが頻発していたが、今年はより深刻なようで、今年10月には道内の平城(ピョンソン)市の慈山(チャサン)協同農場で、軍糧米の徴収にやってきた糧食参謀と、農場の幹部との間で大げんかとなり、兵士は空砲を撃った上で、実弾の装填された銃を農民に向ける騒ぎに発展した。

軍はいま、北朝鮮で最も「飢えた集団」と言われており、上層部から末端の兵士まで、食糧の確保に血眼にならざるを得ないのだ。

<参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

<参考記事:【スクープ撮】人質を盾に抵抗する脱北兵士、逮捕の瞬間!崩れゆく北朝鮮軍の規律

一方、農民の側にもそうやすやすと食糧を渡せない事情がある。

農民の多くは、高利貸しから秋の収穫後に利子を付けて返す条件で穀物を借りる。それで農機具や種を得て農業をするのだが、収穫物をほとんど奪われるような状況では返済に行き詰まってしまう。

北朝鮮が誇る大穀倉地帯「十二三千里平野」にある平安南道(ピョンアンナムド)の文徳(ムンドク)でも、軍糧米の供出を巡り郡党(朝鮮労働党文徳郡委員会)と各協同農場の管理委員長らが激しく対立した。

現地のデイリーNK内部情報筋によると、郡党の幹部は「計画量どおりのコメを上納せよ」との指示を出したが、管理委員長らは応じなかった。「今年の作況を考えると、計画量の100%は不可能で、半分でも困難だ」と、激しく反発したという。

同じ十二三千里平野にある平原(ピョンウォン)郡の各協同農場では、今年の収穫が例年の半分に満たない状況だったというから、文徳の状況も推して知るべしだ。計画量どおりの軍糧米を出せば、手元に残るものはほとんどないだろう。

それでも軍糧米を確保しなければならない郡党は、管理委員長らを50時間にわたり監禁し、指示をゴリ押ししたという。

しかし、目先の軍糧米がそれで確保できたとしても、収穫物を根こそぎ持っていかれた農民に残された道は、都会に出て働くか、夜逃げするくらいしか方法がない。農場からは人が減り、翌年の農業生産にも影響するという、最悪の悪循環に陥ってしまう可能性すらある。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

焦点:過熱するAI相場、収益化への懸念で市場に警戒

ビジネス

午前の日経平均は続伸、米ハイテク株高や高市トレード

ワールド

ハンガリー外相、EUのロシア産エネルギー輸入廃止を

ワールド

アルゼンチン、米と貿易協定協議 優遇措置も=ミレイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 2
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 3
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇跡の成長をもたらしたフレキシキュリティーとは
  • 4
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 5
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 6
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 7
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 8
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 9
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 10
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中