最新記事

北朝鮮

脱北費用の高騰で大儲けする、北朝鮮の「悪いヤツら」

2019年10月15日(火)14時40分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

今年9月に全国教職員会議を視察した金正恩 KCNA-REUTERS

<秘密警察や軍の関係者の間では、脱北を幇助して濡れ手で粟のワイロを掴もうとする人が後をたたない>

「最近、中国を通じて韓国に行く方法を尋ねる人が増えた」(デイリーNK内部情報筋、今年7月)

近年、脱北して韓国入りする人の数は減る傾向にある。韓国統一省の集計によると、今年1月から6月までに韓国に入国した脱北者は546人。昨年同期(487人)とほぼ同水準だが、以前と比べるとかなり減っている。国境警備の強化、ブローカーの摘発などが影響しているものと思われる。

ところがここに来て、脱北を考える人が再び増えているという。直接の理由は、国際社会の制裁による経済の苦境だ。また、脱北の傾向にも変化が生じつつある。今まで、脱北者を最も多く出しているのは北朝鮮北東部で中国と国境を接している咸鏡北道(ハムギョンブクト)、次いでその西隣の両江道(リャンガンド)だったが、前述の情報筋によれば国境から離れた内陸地方からの問い合わせが増えているという。それも、韓国や中国に縁故のない人からの問い合わせだ。

しかし、脱北したい気持ちはあっても、おいそれと実行するわけには行かない。莫大な費用がかかるからだ。

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)の咸鏡北道の情報筋が伝えた最新の脱北費用は、1人あたり6万元(約90万円)。平均的な4人家族の1カ月の生活費が50万北朝鮮ウォン(約6500円)であることを考えると、これでも目の飛び出るほどの高額だが、平壌市民の場合は、1人あたり13万元(約195万円)で、倍以上かかる。

なぜ平壌市民だけこんなに高いのか。それはリスキーだからだ。

平壌では、市場などで生計を立てている人が多い地方と異なり、国家機関に務めている人が多い。また、特権階層の数も地方とは比べ物にならないほど多い。つまり、当局が外部に知らせたくない機密情報を抱えている人が多いということだ。そんな平壌市民を脱北させようとして摘発でもされれば、公開処刑などの極刑に処されかねない。

参考記事:「死刑囚は体が半分なくなった」北朝鮮、公開処刑の生々しい実態

そもそも首都・平壌に住むことができるのは、成分(身分)に問題がなく、忠誠心が高いとされた人々だけだ。1970年代から「問題のある」市民が次から次へと追放され、半分がいなくなったとの証言もある。

参考記事:北朝鮮最高の身分は平壌の「一線道路」の住民

保衛部(秘密警察)や軍の関係者の間では、脱北を幇助して濡れ手で粟を掴もうとする人が後をたたない。

咸鏡北道の情報筋によると、司法機関(警察、秘密警察など)では、国境地域に配属されるための競争を繰り広げているという。脱北希望者やブローカー、密輸業者から多額のワイロを得て、それを上部に納めると、昇進や今後の配置に有利に働く。

「渡江(脱北)、違法通話、違法送金、密輸などの違法行為はすべて司法機関の関係者のカネ儲けのネタにある。保衛員(秘密警察)の間では『国境地域で3年間勤務すれば一生安泰』という話がおおっぴらに交わされている」(情報筋)

また、違法な携帯電話の通話を現場で摘発した場合のワイロの相場は1万元(約15万円)。脱北幇助で得られるワイロよりは安いとはいえ、頻度を考えるとかなりの儲けになる。

別の情報筋によると、国境地域に配属された保衛員は、まず管轄地域に脱北者家族や密輸業者がどれだけいるかを確認する。どれほど儲かるかを確認するのだ。内部では「脱北者家族が9世帯ほどいれば一生暮らせる」との話が交わされている。

しかし、以前からいる人は頑として動こうとせず、新しく配属されたいという人は後をたたない。両者の間で、ワイロなどありとあらゆる手段を使った熾烈な競争が起きているのは言うまでもない。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「NKNews」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、アイオワ州訪問 建国250周年式典開始

ビジネス

米ステーブルコイン、世界決済システムを不安定化させ

ビジネス

オリックス、米ヒルコトレーディングを子会社化 約1

ビジネス

米テスラ、6月ドイツ販売台数は6カ月連続減少
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 7
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 6
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 10
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中