最新記事

民主主義

サル山から見たポピュリズムの現在地

WHAT WOULD MONKEYS THINK OF POPULISM?

2019年5月28日(火)16時30分
内田樹(神戸女学院大学名誉教授)

magw190528_Populism2.jpg

ヨーロッパを席巻する極右運動(ポーランドの首都ワルシャワ) AGENCJA GAZETAーREUTERS

「今さえよければいい」というのは「時間意識の縮減」のことである。平たく言えば「サル化」。「朝三暮四」のあのサルである。

古代中国の春秋時代、宋の狙公(サル回し)が貧しくなって、サルに朝夕4粒ずつトチの実を与えられなくなった。そこでサルたちに「朝は3粒、夕べに4粒ではどうか」と提案した。するとサルたちは激怒した。「では、朝は4粒、夕べに3粒ではどうか」と提案するとサルたちは大喜びした。

その点、人間でも未来の自分が抱え込むことになるかもしれない損失やリスクを「人ごと」と思える「当期利益至上主義」者は、このサルの同類である。「こんなことを続けていると、いつか大変なことになる」と分かっていながら、「大変なこと」が起きた後の未来の自分を人ごとと考え、つまり「自己同一性」を感じることができずに「こんなこと」をだらだら続ける人たちもサルに似ている。一連の企業不祥事はほぼ全てこのパターンで起きた。

「自分さえよければ、他人はどうでもいい」というのは「自己同一性の縮減」のことである。集団の構成員のうちで、自分と宗教が違う、生活習慣が違う、政治的意見が違う人々を「外国人」と称して排除することに特段の心理的抵抗を感じない人がいる。「同国人」であっても、幼児や老人や病人や障害者を「生産性がない連中」と言って切り捨てることができる人がいる。

何でも人ごとと捉える彼らは、自分がかつて幼児であったことを忘れ、いずれ老人になることに気付かず、高い確率で病を得、障害を負う可能性を想定していない。もちろん自分が何かの弾みで異国をさすらう身になることなど想像したこともない。彼らにおいては自己同一性が病的に萎縮している。私はそれを「サル化」と呼ぶのである。

ポピュリズムとはこの「時間意識」と「自己同一性」の縮減のことである。私はこれを文明史的な「サル化」趨勢のことだと思っている。「サルは嫌だ、人間になりたい」と思う人が出てこない限り、「サル化」は止めどなく進行するだろう。

<本誌2019年5月28日号「特集:ニュースを読み解く哲学超入門」より転載>

20190604cover-200.jpg
※6月4日号(5月28日発売)は「百田尚樹現象」特集。「モンスター」はなぜ愛され、なぜ憎まれるのか。『永遠の0』『海賊とよばれた男』『殉愛』『日本国紀』――。ツイッターで炎上を繰り返す「右派の星」であるベストセラー作家の素顔に、ノンフィクションライターの石戸 諭が迫る。百田尚樹・見城 徹(幻冬舎社長)両氏の独占インタビューも。


202404300507issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年4月30日/5月7日号(4月23日発売)は「世界が愛した日本アニメ30」特集。ジブリのほか、『鬼滅の刃』『AKIRA』『ドラゴンボール』『千年女優』『君の名は。』……[PLUS]北米を席巻する日本マンガ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

東京ガス、25年3月期は減益予想 純利益は半減に 

ワールド

「全インドネシア人のため闘う」、プラボウォ次期大統

ビジネス

中国市場、顧客需要などに対応できなければ地位維持は

ビジネス

IMF借款、上乗せ金利が中低所得国に重圧 債務危機
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中