最新記事

米中関係

米中の相互不信を生んだ対照的な交渉スタイル

Clashing Negotiation Styles

2019年5月24日(金)16時30分
魏尚進(ウエイ・シャンチン、コロンビア大学教授)

ILLUSTRATION BY WILDPIXELーISTOCKPHOTO

<中国の手のひら返しに米政府は怒るが、そもそも交渉のスタイルが懸け離れている>

米政府に言わせれば、米中貿易交渉が事実上決裂したのは、中国が土壇場になって手のひら返しをしたからだ。

既に合意に達していた事柄まで白紙に戻した中国に怒って、ドナルド・トランプ米大統領は2000億ドル相当の中国製品の関税を25%に引き上げた。中国の交渉チームを率いた劉鶴(リウ・ホー)副首相は最終合意に達していないのだから、修正を求めても約束を破ったことにはならないと主張していたが、米側はこの言い分を認めそうにない。

合意が吹き飛んでしまった今、米中が落としどころを見いだすのは不可能にみえる。

打開策はあるのか。決裂の直接的な原因はさておき、交渉の規範とスタイルの違いが相互不信を招いたとみていい。

筆者はこの10年ほど、コロンビア大学経営大学院で修士課程の授業を担当し、アメリカ人学生と中国人学生の2つのチームに模擬交渉をさせてきた。交渉後に文化によって交渉の規範やスタイルがどう違うか、学生たちに話し合わせる。この試みを通じて、当人同士は気付いていないスタイルの違いが決裂を招きかねないことが分かってきた。

米中チームが9項目の事柄について3日間交渉を行うケースを考えてみよう。2日目の交渉が終わった時点で、最初の6項目については合意がまとまったとする。ところが最終日に残りの3項目で双方の主張が大きく食い違った。すると中国側が(米チームからみると)いきなり、最初の6項目も振り出しに戻すと言い出した。

この時点で当然ながら米チームは中国チームの誠実さを疑い、交渉は物別れに終わるだろう。こうした模擬交渉を通じて学生たちは、双方とも相手をだます気などないのに、単純に交渉スタイルが違うだけで破談になる場合があることを学んだ。

両国の対照的な交渉アプローチ

アメリカ人は多くの場合、チェックリスト方式で交渉を行う。9項目について合意を形成したいなら、1項目ずつ話し合って相違点をつぶしていく。これとは対照的に中国人は9項目を全体として1つの合意と見なす傾向がある。「全てが合意に至るまでは、何一つ決まっていない」というアプローチだ。

前述の例では、最初の6項目が合意に達した時点で、中国側は残りの3項目についても「こういう線でまとまるだろう」と、ある程度予想している。ところが残りの3項目で相手側が出してきた要求が予想と大きく懸け離れていると、最初の6項目で譲歩した点も見直す必要が出てくるため、白紙に戻そうと要求することになる。

これが中国人同士の交渉なら、話し合いが行き詰まった段階で振り出しに戻ることに双方とも抵抗はない。既にまとまった6項目の「合意」は暫定的なものだという共通認識があるからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英中銀が金利据え置き、5対4の僅差 12月利下げの

ビジネス

ユーロ圏小売売上高、9月は前月比0.1%減 予想外

ビジネス

日産、通期純損益予想を再び見送り 4━9月期は22

ビジネス

ドイツ金融監督庁、JPモルガンに過去最大の罰金 5
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの前に現れた「強力すぎるライバル」にSNS爆笑
  • 4
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 5
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 6
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 7
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇…
  • 8
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 9
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中