最新記事

イギリス政治

ブレグジット大混迷の戦犯はメイだけではない

Britain's Political Class Disaster

2019年4月9日(火)15時40分
アンディ・プライス(英シェフィールド・ハラム大学政治学科長)

英マンチェスターの店頭に並べられた犬用のおもちゃ。右からコービン労働党党首、メイ首相、ジョンソン前外相……みんな同罪だ Phil Noble-REUTERS

<英保守党内のライバルや野党の責任も大きい――メイ首相のEU離脱案は最初から頓挫する運命にあった>

ブレグジット(イギリスのEU離脱)が今後どう進むかという問題はあまりに複雑だが、イギリスが今のような泥沼に足を突っ込んだ理由は実にシンプルだ。テリーザ・メイ首相が成し遂げようとしているブレグジットは、保守党内の対立の産物であり、最初からうまくいかない運命にあった。

ブレグジットの是非を問う2016年の国民投票後に就任したメイは、その後のあらゆる失敗の原因となる決断を下した。ブレグジットをめぐる議論で片方の意見だけに肩入れし、それを全ての指針としたことだ。

首相に就任した瞬間に、メイは最悪の足かせを自分にはめたことになる。保守党党首選への立候補を表明した演説では、その後の彼女の代名詞となる信念を掲げた。「ブレグジットはブレグジットだ」

恐らくは「ほかに選択肢はない」という意味のこの言葉で、メイはEU離脱後のイギリスには主権国家として明るい未来が待っていると示唆した。

首相就任から半年後の演説で、メイは欧州司法裁判所の管轄を離脱する意向を表明した。これは実質的に、EU単一市場と関税同盟からの離脱も意味した。

一連の演説でメイが語った言葉は、その後多くの政治家を悩ませることになる。国民投票の「敗者」は、投票結果を「民意」として尊重しなければならないというものだ。

その後メイは、ブレグジットのためという名目で17年6月に解散総選挙を実施し、ブレグジット反対派を「政治をもてあそんでいる」と批判した。「反対派」には、国民投票で残留を支持した約1614万人の有権者も含まれることになるのだが。

首相就任に当たって保守党内の離脱強硬派に借りがあったメイは、この100人程度のグループを喜ばせる形でブレグジットを推し進めた。1614万人の国民の意思は、すっかり脇に追いやられた。

この決断を軽んじてはいけない。これによって世論が真っ二つに分かれ、国民投票後に生じた溝が深まっただけではなく、ブレグジットをめぐるEUとの交渉がうまくいかないことが始まる前から決定的になったのだ。

イギリスが目下の泥沼に陥ったあらゆる原因の中心は、メイ自身がブレグジットの構想全体を誤ったことだろう。しかし、メイのミスをさらに大きくした勢力もあった。

大半の国会議員にとって、ブレグジットをめぐる国民投票の結果は予想外だった。彼らはすぐさま「民意」に屈した。そのいい例が17年2月、EU離脱の手続きを定めるリスボン条約第50条の発動を議会が圧倒的多数で支持したことだ。

彼らにとっては「ゲーム」

関税同盟からの離脱など、メイが最低限クリアしようとしていたハードルを、さらに高くしようとする連中もいる。

その1つが、保守党内の離脱強硬派「欧州調査グループ(ERG)」だ。ハードブレグジット(合意なしの離脱)を支持するイアン・ダンカンスミスやジェイコブ・リースモッグといった議員がメイ政権への圧力を強めてきた。ただしハードブレグジット案は、議会で過半数の支持を獲得できる見通しを一度も得ていない。

さらには、ブレグジットを1つの壮大な政治ゲームと考えているようにみえる政治家もいる。その筆頭格が、ボリス・ジョンソン前外相だ。彼がメイの離脱案に対して示す立場の基準にしているのは、保守党党首(さらには首相)になれるかどうかという、自らの野心だけだ。

イギリス独立党(UKIP)の元党首ナイジェル・ファラージュも「同罪」だ。国民投票前にEU離脱を訴える運動で主要な役割を果たした彼は、ブレグジットをめぐる混乱から多大な恩恵を受けてきた。今ではメディアに引っ張りだこで、プライベートジェットで移動するまでになっている。

しかしブレグジットをめぐる道のりで、メイを悲しい幕切れに向かわせている最も大きな存在は、野党かもしれない。EU残留を求めてきた労働党は国民投票で、支持基盤である選挙区の多くがEU離脱を支持するという予想外の結果に直面した。加えて党首のジェレミー・コービンは、EU懐疑派として知られていた。

そのため3年近くにわたって労働党は、離脱を支持した選挙区の反応を恐れ、メイのブレグジット案にもブレグジット全般にも明確な反対の意思を表明しなかった。EU離脱をめぐる政府の立法プログラムに強く反対することもなかった。有権者の声に耳を傾けない政府を向こうに回して、労働党は国民がこれまで以上に必要としていた反対姿勢を示すのを放棄した。

ここまで書いてきたことは、特別に目新しい話ではない。隠蔽されてきたことでもなければ、曖昧だった話だというわけでもない。あらゆる事実が歴史に刻まれ、私たちの眼前にさらされてきた。

私たちは、その事実を直視すべきだ。メイがブレグジットで犯した失敗を断ち切って前進するために、イギリスは政治家たちの過ちを教訓にしなくてはならない。信じ難いほど無防備だった彼らのことを肝に銘じるべきだ。今すぐに。

The Conversation

Andy Price, Head of Politics, Sheffield Hallam University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

<本誌2019年04月16日号掲載>

20190416cover-200.jpg

※4月16日号(4月9日発売)は「世界が見た『令和』」特集。新たな日本の針路を、世界はこう予測する。令和ニッポンに寄せられる期待と不安は――。寄稿:キャロル・グラック(コロンビア大学教授)、パックン(芸人)、ミンシン・ペイ(在米中国人学者)、ピーター・タスカ(評論家)、グレン・カール(元CIA工作員)。

ニューズウィーク日本版 習近平独裁の未来
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年2月17号(2月10日発売)は「習近平独裁の未来」特集。軍ナンバー2の粛清劇は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」強化の始まりか

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

香港紙創業者に懲役20年、国安法裁判 国際社会は強

ビジネス

中国の証取、優良上場企業のリファイナンス支援 審査

ビジネス

欧州、ユーロの国際的役割拡大に備えを=オーストリア

ワールド

キューバの燃料事情は「危機的」とロシア、米の締め付
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...周囲を気にしない「迷惑行為」が撮影される
  • 2
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 3
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日本をどうしたいのか
  • 4
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 7
    「二度と見せるな」と大炎上...女性の「密着レギンス…
  • 8
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 9
    韓国映画『しあわせな選択』 ニューズウィーク日本…
  • 10
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予…
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 3
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予防のために、絶対にしてはいけないこととは?
  • 4
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 5
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 6
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 7
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 8
    エヌビディア「一強時代」がついに終焉?割って入っ…
  • 9
    「右足全体が食われた」...突如ビーチに現れたサメが…
  • 10
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 4
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 7
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 8
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 10
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中