最新記事

東南アジア

インドネシア、独立目指す武装集団が労働者19人殺害 国軍と銃撃戦も

2018年12月6日(木)17時47分
大塚智彦(PanAsiaNews)


独立を目指す武装集団による事件を報じる現地メディア KOMPASTV / YouTube

治安当局と政府の立場の違いは......

パプア州と西パプア州を含むパプア地方は旧オランダ植民地で1963年12月に独立を宣言するものの、インドネシア軍が侵攻。1969年に住民投票の結果でインドネシア併合が決まった。パプア独立の象徴である「モーニングスター旗」は掲揚はおろか所持することも許されていない。

しかしこの住民投票が軍の脅迫下で行われたもので住民の真意を反映していないなどとして、インドネシアからの分離独立を求める運動が現在も続いている。

スハルト長期独裁政権が崩壊する1998年までパプア地方は最西端のアチェ州と並んで独立運動が激しく、国軍が両州を「軍事作戦地域(DOM)」に指定していた。DOMでは国軍や警察が超法規的措置による治安維持を実施。住民や活動家の殺害など数々の人権侵害事件が起きたが、当時は海外のマスコミは両州の自由な取材は厳しく制限されていた。

自由パプア(OPM)はいくつかのグループの集合組織と見られ、広大な山間部のパプア地方の各地で多数の傘下組織が独立武装闘争を続けているといわれる。武装は小銃などの小火器が中心だが、槍や弓矢などの伝統的武器を使用するケースも多い。今回の犯行グループもこうした複数あるOPM参加の組織の可能性もあるとみて、当局は捜査を行っている。

治安当局は襲撃事件の背後にOPMがいるとの見方を強める一方で、政府や軍・警察さらに報道機関は極力「OPM」という言葉を使わず「武装した犯罪集団」と呼んでいた。

これに対し犯行声明を出した「西パプア解放軍」は「我々は犯罪集団ではなく、パプア独立を目指す自由戦士である」とし、さらに殺害した橋梁労働者については「彼らは民間の労働者ではなく、軍の工兵である」と主張しているという。

治安当局もこうした犯行声明を受けて襲撃がエディアヌス・コゴヤという人物が率いた約40人のグループであるとの見方を強めて、身柄確保に全力を尽くしている。

政府がことさら「犯罪集団」を強調する背景には2019年4月に予定される大統領選、国会議員選があるとみられている。「パプアではまだ反政府の独立武装組織が活動している」とすることで治安情勢の悪化を国民に印象付けることは「国家統一」の観点から政府としては好ましくなく、犯罪組織による重大犯罪とすることで「独立」というセンシティブな言葉、印象を排除したいとの意向が政権内部にあるものとみられている。

パプア地方はプロテスタントが51%、カトリックが25%とキリスト教徒が多数を占めており、世界最大のイスラム教徒人口を抱えるインドネシアの中でも宗教的、民族的、文化的にも異質な存在である。

しかし銅など豊富な天然資源に恵まれていることからインドネシアはジャワ島やスラウェシ島などからの移民を送りこむ「移民政策」で「インドネシア化」を長年図ってきた経緯もある。このためパプアでは「天然資源の富の不公平な配分」「住民らへの強圧的支配、差別支配」への不満が渦巻いていて、それが独立運動を支えているといわれている。

12月1日の独立記念日に各地でデモ

インドネシアでは襲撃事件の前日12月1日に東ジャワ州スラバヤや北スラウェシ州マナドなどの複数都市でパプア州出身の大学生などによる大規模なデモが行われた。

これは12月1日がパプアの「独立記念日」に当たるためで、警察は各都市で厳重な警戒態勢を敷き、スラバヤの233人を筆頭に各地で合計537人のパプア人学生らが身柄を拘束された。

インドネシアの民放テレビ局などは連日、この襲撃事件を伝えるニュースをトップ扱いで報道するなど高い関心を示している。

インドネシア政府は大統領選に向けて国是でもある「多様性の中の統一」を前面にだして治安維持に全力を挙げている。こうしたなかで「OPM」あるいは「西パプア解放軍」を名乗る組織による可能性の高い襲撃事件が発生したことに、政府は事態の沈静化と徹底的な真相解明、犯人の逮捕に躍起となっている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

カナダ首相、米との貿易協議再開に前向き トランプ氏

ビジネス

米クアルコム、AI半導体に参入 サウジから大型受注

ビジネス

再送-円金利資産は機動的に購入や入れ替え、償還多く

ワールド

カメルーン、現職で世界最長老の92歳大統領が8選
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大ショック...ネットでは「ラッキーでは?」の声
  • 3
    「平均47秒」ヒトの集中力は過去20年で半減以下になっていた...「脳が壊れた」説に専門家の見解は?
  • 4
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 5
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 6
    中国のレアアース輸出規制の発動控え、大慌てになっ…
  • 7
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 8
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 9
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 10
    「死んだゴキブリの上に...」新居に引っ越してきた住…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中