最新記事

米軍事

米INF全廃条約破棄の真の狙いは中国抑止

The INF Treaty and China

2018年11月1日(木)18時00分
ララ・セリグマン (フォーリン・ポリシー誌記者)

INF条約に縛られない中国は軍事力を増強し続けている(画像は16年の中ロ合同訓練に参加した中国軍艦) REUTERS

<INF条約に加盟していない中国の軍拡を阻止するために、アメリカも条約を破棄して防衛構想を再構築すべきだ>

10月20日、ドナルド・トランプ米大統領はアメリカがかつてソ連と結んだ中距離核戦力(INF)全廃条約を破棄する意向を表明した。

米当局はロシア側の条約違反を理由に挙げているが、今回の動きは単に米ロ関係や核軍縮の流れに影響を及ぼすだけではない。軍事専門家や米政府関係者に言わせれば、INF条約を破棄することで、中国の「裏庭」におけるアメリカの通常戦力の増強にも道が開けるという。

INF条約は1987年にロナルド・レーガン米大統領とミハイル・ゴルバチョフ書記長によって調印された。核弾頭と通常弾頭を搭載できる地上配備型の中距離(射程500~5500キロ)の弾道・巡航ミサイルについて開発や保有、配備を禁じている。しかし、この条約に署名していない中国は、条約の制約を受けることなく軍備の増強を加速させてきた。

中国は既に、沖縄の嘉手納飛行場など太平洋地域の主要な米軍施設を攻撃できる弾道および巡航ミサイルを保有している。さらにステルス戦闘機の開発も進めており、南シナ海における中国の軍事的基盤は拡張を続けている。

INF条約から脱退すれば、アメリカは同条約によって現時点では禁じられている通常兵器の増強に踏み出し、中国に対抗できるようになると、軍事専門家らは指摘する。想定されているのは移動式で地上配備型の中距離弾道ミサイルを陸軍が保有する形だ。これらを太平洋地域の島々に配備することで中国の侵略に対抗できると、ある現職の米政府高官は語る。

ボルトンが示す2つの道

「太平洋地域の軍事バランスは誤った方向に進んでいる」と、最近まで国防総省で副次官補を務め、現在は新米国安全保障センターで防衛部門を率いるエルブリッジ・コルビーは指摘する。

「中国の軍事力増強は極めて大規模かつ高度だ。われわれは手元に持ち得る全ての矢を使う必要がある」

太平洋地域におけるアメリカの抑止力は現時点では海軍の軍艦と空軍の戦闘機に依存しているが、今後の増強計画では陸軍によるミサイル発射がカギとなる可能性が高い。地上発射型の中距離ミサイルを配備することで、より多彩かつ敵の攻撃に耐え得る軍備を備え、中国の軍事力増強を相殺できると、コルビーは力説する。

ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)も、この路線を推奨しているようだ。彼は11年にウォール・ストリート・ジャーナルへの寄稿でINF条約を破棄するよう提言し、その根拠として中国を挙げた。中国のミサイル保有の急拡大が太平洋地域におけるアメリカおよび同盟国を危険にさらしているという主張だ。

「INFミサイルの脅威を低減させるためには、INF条約への加盟国を増やすか、自前の抑止力を再構築できるようアメリカがINF条約を永遠に破棄するかしかない」と、ボルトンは警告した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

コンゴ民主共和国と反政府勢力、枠組み合意に署名

ワールド

米中レアアース合意、感謝祭までに「実現する見込み」

ビジネス

グーグル、米テキサス州に3つのデータセンター開設

ワールド

インド、デリーの車爆発事件でカシミール住民逮捕
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中