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シリア情勢

シリア反体制派の最後の牙城への総攻撃はひとまず回避された──その複雑な事情とは

2018年9月20日(木)19時40分
青山弘之(東京外国語大学教授)

この合意は、2017年9月のアスタナ6会議で、ロシアとトルコ(そしてイラン)が交わした緊張緩和地帯設置にかかる合意を、シリア政府とロシアにとって有利なかたちで修正する内容だった。アスタナ6会議は、イドリブ県に設置された緊張緩和地帯(第1ゾーン)を三つの地区(地図2を参照)に分け、以下に示したような異なった方法で、「テロとの戦い」と停戦(そして和解)を推し進めることを定めていた。

第1地区:アレッポ市、アブー・ズフール町(イドリブ県)、ハマー市を結ぶ鉄道線路以東の地域。ロシア主導のもとでシャーム解放機構(シリアのアル=カーイダ、旧ヌスラ戦線)を殲滅するとともに、それ以外の武装集団も排除したうえで、非武装の文民機関(いわゆる「地元評議会」)がシリア政府と停戦し、自治を担う。

第2地区:アレッポ市、アブー・ズフール町、ハマー市を結ぶ線路と、アレッポ市、サラーキブ市(イドリブ県)、マアッラト・ヌウマーン市(イドリブ県)、ハマー市を結ぶM5高速道路に挟まれた地域。ロシア、トルコ両国の主導のもとでシャーム解放機構を殲滅する。

第3地区:アレッポ市、サラーキブ市、マアッラト・ヌウマーン市、ハマー市を結ぶM5高速道路以西の地域。トルコ軍の監督のもとで反体制派がシャーム解放機構を殲滅する。

地図2 アスタナ6会議で画定した緊張緩和地帯第1ゾーンの3地区(2017年9月)
aoyama_map2.jpg出所:筆者作成。


これに基づいて、シリア軍は2018年1月までに第1地区を制圧した。一方、トルコ軍は2018年5月までに第2、第3ゾーンの境界線上に12カ所の監視所を設置し、停戦監視の任務を開始した。監視所設置に際しては、シャーム解放機構をはじめとする在地の反体制派がトルコ軍部隊をエスコートした。

ロシア・トルコ首脳会談は、トルコが独断的に「テロとの戦い」を行うことになっていたジスル・シュグール市(イドリブ県)一帯、トルコマン山、クルド山(いずれもラタキア県)、そしてM4、M5高速道路一帯の停戦や治安回復にロシアが直接関与することを保証していた。また、アスタナ合意の原則に従うと、停戦が実現した地域は、ロシアのイニシアチブによる人道支援と、シリア政府と反体制派の和解が推し進められることになる。つまり、一旦非武装地帯が設置されれば、シリア政府は、戦わずしてイドリブ県の一部を事実上奪還することになる。

なお、ロシアは、イドリブ県西部からシリア駐留軍の本拠地があるフマイミーム航空基地(ラタキア県)への度重なる無人航空機の飛来に警戒感を強めていたが、非武装地帯はこうした攻撃を阻止する効果もあった。

日本を含む西側諸国は化学兵器再使用の可能性に注目した

イドリブ県総攻撃をめぐる報道が過熱するなか、日本を含む西側諸国で注目されたのは、化学兵器再使用の可能性だった。欧米諸国は、シリア軍が再び化学兵器を使おうとしていると喧伝し、再使用された場合、相応の対抗措置をとるとの脅迫を繰り返した。これに対し、ロシアやシリア政府は、反体制派がシリア政府を貶めるための自作自演を準備していると反論した。

化学兵器騒動は、プロパガンダ合戦によって真相が闇に包まれたまま、多くの人々に犠牲を強いる。だが、それとともに問題なのは、この騒動に関心を奪われ、シリア内戦の対立構図の説明が捨象、ないしは過剰一般化されることだ。

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