最新記事

人権問題

ベトナム女性人権活動家、突然の拘束 報道・言論の自由への道なお険しく

2018年8月12日(日)20時00分
大塚智彦(PanAsiaNews)


ヴィーさんのメッセージ「暴力と拷問を止めて」  Huỳnh Thục Vy / YouTube

他の人権活動家にも拘束の危機

国際的な人権団体「アムネスティ・インターナショナル」はヴィーさんの逮捕について「彼女はベトナムで最も影響力のある人権活動家の一人であり、その発言力を封じ込めるという政治的動機に基づく逮捕以外のなにものでもない。ダクラク州当局にヴィーさんの無条件、即時釈放を強く求めるとともにベトナム政府に対し平和的活動への組織的抑圧を中止するよう求める」との立場を明らかにした。

また8月8日には同じく人権活動家でブロガーのグエン・ラン・タン氏の自宅を正体不明の男たちが訪れ、外へ出て話し合うよう要求する事案も報告されている。

当時自宅にタン氏は不在で近所の人からの連絡で事態を知ったという。留守番していたタン氏の妻によると男たちは元軍人で負傷兵だと称しラウドスピーカーで大声を出してタン氏を呼び出そうとしていたという。

妻は警察に通報したものの、「すぐに急行する」とした警察が駆けつけることはなかったという。男らは「また来る」と言い残して消えたが、人権団体などでは人権活動家としてのタン氏への嫌がらせで、治安当局も関連しているとみている。

ベトナム憲法では「言論の自由」保障

ベトナム政府は商業ジャーナリズムを公式には一切認めておらず、現在ベトナムに存在する報道機関は全てが党や政府機関などに所属するいわば当局の宣伝組織に過ぎない。このため当然の結果として党や政府、公の機関、軍や警察など治安組織に都合の悪いニュースは一切報道されることはない、という。

ベトナムの2013年憲法25条には「国民は言論の自由、報道の自由、情報把握の自由、集会と結社の自由、デモ行進の自由を受ける権利がある」と明記されている。しかし、社会主義国家のよくある解釈で、自由は「国家と社会の混乱を招かない許容範囲に限定される」とされ、一般的な「自由」とは異なり、制限や検閲、自主規制などが公然と行われているのが実情という。

人権活動家やブロガーに対する当局の監視は最近特に厳しくなっているとされ、逮捕あるいは脅迫、圧力によってその活動や発言を阻止する動きが強化されている模様だ。

非営利組織「国境なき記者団」(本部パリ)が毎年発表している「報道の自由ランキング」によると2018年のベトナムは180カ国の中で175位と極めて低く位置付けられている。最低の180位が北朝鮮で179位は中国であり、ベトナムは東南アジア諸国連合(ASEAN)の中でも最低位だ。この順位は4年連続で事態が一向に改善されていないことを示しており、ベトナムの「報道の自由、言論の自由」は依然として「道険し」という状況であることを示しているといえる。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

ニューズウィーク日本版 英語で学ぶ国際ニュース超入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年5月6日/13日号(4月30日発売)は「英語で学ぶ 国際ニュース超入門」特集。トランプ2.0/関税大戦争/ウクライナ和平/中国・台湾有事/北朝鮮/韓国新大統領……etc.

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏「停戦はいつでも可能」、チェコで弾薬

ワールド

ロ大統領、ウクライナ戦争で核使用否定 「論理的終結

ワールド

豪首相、トランプ氏と電話会談 関税やAUKUSで「

ワールド

ルーマニア大統領選、極右候補が決選投票へ 欧州懐疑
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1位はアメリカ、2位は意外にも
  • 3
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 4
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 5
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 6
    「2025年7月5日天体衝突説」拡散で意識に変化? JAX…
  • 7
    「すごく変な臭い」「顔がある」道端で発見した「謎…
  • 8
    野球ボールより大きい...中国の病院を訪れた女性、「…
  • 9
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 10
    「愛される人物」役で、母メグ・ライアン譲りの才能…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 5
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 9
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 10
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中