最新記事

朝鮮半島

北朝鮮レストラン「美人ウェイトレス誘拐」の犯人は韓国軍か

2018年7月20日(金)17時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

中朝国境に近い中国遼寧省・丹東市の北朝鮮レストラン(2009年5月) Jason Lee-REUTERS

<海外に滞在する北朝鮮国民をめぐって南北の諜報機関が入り乱れて活動している構図が浮上してきた>

2016年4月に起きた、中国浙江省寧波市の北朝鮮レストラン「柳京食堂」従業員らの集団脱北事件。国連安全保障理事会による経済制裁で営業が困難になるまで、北朝鮮レストランは同国の外貨稼ぎの主要な手段のひとつだっただけに、同事件は金正恩体制に大きな動揺をもたらした。

参考記事:美貌の北朝鮮ウェイトレス、ネットで人気爆発

しかし最近では、この事件を巡り、従業員らの亡命先である韓国政府に不利な情報が次々と浮上している。

韓国の聯合ニュースは19日、同事件で韓国に亡命した元女性従業員12人に対し、韓国政府が旅券の発給を制限していることが判明したと伝えた。それによると、ある元従業員はある区役所で3回申請しても発給されず、理由を尋ねてもきちんとした説明を得られなかったという。また、元従業員から陳情を受けた国家人権委員会の関係者は、「区役所に理由を聞くと警察に聞いてみろと言われ、警察に聞くと『国家情報院(国情院)が発給を阻んでいる』との答えが返ってくる」とコメントしている。

北朝鮮は事件の発生当初から、集団亡命は国情院による拉致であると主張してきた。国情院が元従業員らの出国を阻んでいるのならば、北朝鮮の主張は説得力を増してくる。

このレストランの元支配人で、女性らを連れて韓国に亡命したホ・ガンイル氏は、今年5月に放送された韓国JTBCの番組で、韓国の国家情報院の担当者から従業員を連れて脱出するよう教唆を受け、彼女らを脅して連れ出したと告白した。

一方、聯合は、この事件の事情に精通した情報筋の話として、事件の初動において主導したのは韓国軍情報司令部だったとも報じた。

ホ氏を懐柔・脅迫して女性従業員12人をレストランから連れ出したのは国情院ではなく、韓国軍の諜報機関である情報司令部だということだ。国情院はホ氏と12人が上海の浦東国際空港から出国し、マレーシアを経て韓国に入国するまでの過程を担当したという。

ホ氏は15日、聯合ニュースとのインタビューで、「国家情報院から従業員を連れてくれば韓国国籍を取得させてやる、東南アジアに国家情報院のアジトとして使える建物をやるから、そこで従業員とレストランを営めばいい」と言われたと証言した。

しかし、情報機関の要員が身分を明らかにして活動することはめったにないことを考えると、ホ氏は「国家情報院の要員だと身分を偽った韓国軍情報司令部の要員」に騙されていた可能性があるということだ。

軍事情報を収集・分析し、北朝鮮を対象とした諜報活動を行っている情報司令部は、中国にも「ブラック」と呼ばれるイリーガル要員を派遣していると言われている。

北朝鮮の工作機関のひとつである国家保衛省は最近、脱北者を強制的に帰国させるオペレーションに力を入れているとされる。

参考記事:美人タレントを「全身ギプス」で固めて連れ去った金正恩氏の目的

最近の一連の報道により、海外に滞在する北朝鮮国民を巡り南北の諜報機関が入り乱れて活動している構図が浮上してきた形と言える。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、円は日銀の見通し引き下げ受

ビジネス

アップル、1─3月業績は予想上回る iPhoneに

ビジネス

アマゾン第1四半期、クラウド事業の売上高伸びが予想

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中