最新記事

セクハラ

男性優位のアジアで「沈黙の掟」と戦う女性被害者たち

2018年6月23日(土)14時30分
ビナイフェル・ナウロジ(オープン・ソサイエティー財団アジア太平洋地区ディレクター)

今年1月、ジャカルタ近郊の街角で22歳の女性が、バイクに乗った男性から白昼に痴漢行為を受けた。彼女は監視カメラの映像を手に入れたが、警察が話を聞こうともしないためインスタグラムに投稿した。

映像はあっという間に広がり、警察のほかの部署が捜査に乗り出して犯人を逮捕した。この一件はソーシャルメディアの力を象徴すると同時に、性的被害を訴えようとするだけでもいかに大変なことかを物語る。正義を勝ち取る以前の問題だ。

それでも少しずつではあるが、アジアでも #MeToo が議論を喚起して変化をもたらし始めている。

被害者が姦通罪で投獄される

今年1月に韓国の女性検事が、00年に上司から葬儀の席でセクハラを受け、被害を申し出た後に左遷されたことを明らかにした。これを機に #MeToo の嵐が吹き荒れ、政界やメディア、芸能界などで多くの有力者が地位を失っている。

パキスタンでは2年前にようやく未成年に対する性的暴行が刑法上の犯罪となったが、今でも多くの加害者が処罰を逃れている。一方で、被害者が姦通罪に問われ、投獄されることも少なくない。

しかし今年1月に7歳の少女ザイナブ・アンサリが強姦され殺害された事件が広く報じられると、激しい怒りが沸き起こった。俳優やデザイナーなど著名な女性たちが性暴力の被害を語り始め、テレビでも性的な不法行為に関する議論が盛んに行われている。パキスタンの学校では性教育が行われてこなかったが、超党派の政治家が、性的虐待から身を守る方法を学校で教えようと提案している。

インドでは12年12月に首都デリーで、23歳の女子学生がバスの車内で集団レイプされ、激しい暴行を受けて死亡するという残忍な事件が起きた。各地で抗議活動が繰り広げられ、性犯罪に関する法律が厳格化されたが、適切に執行されることはほとんどない。

欧米で #MeToo 運動が盛り上がるにつれ、いち早くソーシャルメディアに女性たちの経験談があふれたのもインドだった。メディア業界やナイトクラブ、映画産業ボリウッドの性暴力の実態も明らかになりつつある。

ただし、こうした動きは中流階級にほぼ限定された現象だという指摘もある。最下層カーストとされるダリト(不可触民)や性産業労働者など、社会から取り残された女性は基本的に、議論から除外されている。彼女たちこそ性暴力に最もさらされやすいのだが。

それでも女性たちは、検閲や社会的な不名誉に勇敢に立ち向かい、性的被害の経験を共有しようとしている。性暴力との長い戦いの歴史を足掛かりにして、#MeToo が起こした行動主義の新しい波がどのように広がり、社会の意識の変化を促していくのか。期待を込めて見守りたい。

<本誌2018年6月26日号掲載>

ニューズウィーク日本版 コメ高騰の真犯人
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年6月24日号(6月17日発売)は「コメ高騰の真犯人」特集。なぜコメの価格は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

TDK、米スマートグラスのソフトアイ社を買収=関係

ビジネス

経済・金融見通し、極めて不確実 スイス中銀が警告

ビジネス

中国の年央最大商戦「618」、盛り上がりを欠いたま

ワールド

財政危機のバチカン、新教皇レオ14世の動画で献金呼
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 2
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 3
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火...世界遺産の火山がもたらした被害は?
  • 4
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 5
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 6
    下品すぎる...法廷に現れた「胸元に視線集中」の過激…
  • 7
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 8
    【クイズ】「熱中症」は英語で何という?
  • 9
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 10
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未…
  • 6
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 7
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 8
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 6
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 7
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中