最新記事

北朝鮮

非核化しても金正恩には「使える最終兵器」が残っている

2018年6月19日(火)10時50分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

北朝鮮のロケット砲発射訓練(2015年2月提供) KCNA-REUTERS

<北朝鮮は非核化に加えて軍事境界線付近に配備した長距離砲の後退についても南北協議で応じる意向を見せている。核兵器と並ぶ「抑止力」を譲歩する真意はどこに?>

韓国メディアの報道によれば、北朝鮮と韓国は14日に板門店(パンムンジョム)で行われた将官級軍事会談で、北朝鮮が軍事境界線付近に配備した長距離砲を後退させる問題について協議を始めた。

韓国側がこの問題を提起したところ、北朝鮮は拒否感を示さなかったという。仮に北朝鮮がこれに応じるとしたら、非核化と並ぶ「大胆な決断」であると言える。

すでに広く知られているとおり、朝鮮人民軍の規律は地に落ちている。部隊内では物資の横領や横流し、脱走、窃盗、性的虐待が横行。まともに戦争など出来そうもない状態だ。

参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

吹き飛ぶ韓国軍兵士

そんな中、長距離砲部隊は核ミサイルを扱う戦略軍や、特殊部隊、サイバー攻撃部隊と並び、数少ない虎の子だ。

北朝鮮は、軍事境界線のすぐ北側に、170ミリ自走式榴弾砲と240ミリ放射砲(ロケット砲)を大量に配備している。これらは韓国の首都圏を射程に収めており、有事の際にはごく短時間に、数千発の砲弾をソウルに降らせることができる。また、新型の300ミリロケット砲の射程はさらに長く、京畿道地方平沢地区の在韓米海軍キャンプ・ハンフリーズおよび韓国の陸海空軍司令部の脅威となっている。

北朝鮮と韓国が対峙する軍事境界線では、小規模な衝突が無数に起きてきた。それがエスカレートして戦争に発展してしまうのが、最も現実的な脅威なのだ。たとえば2015年8月には韓国軍兵士が北朝鮮側の地雷に接触し、身体の一部を吹き飛ばされる事件が発生。これがきっかけとなり、南北は開戦寸前まで行ったのだ。

参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士...北朝鮮の地雷が爆発する瞬間

そのようにして衝突が拡大しても、北朝鮮も簡単には核を使えない。核の先制使用が米韓の大量報復を呼ぶのは確実で、そうなったら体制そのものが崩壊してしまうからだ。

米韓側も当然、そのような「読み」を持っている。だから核武装した北朝鮮に対しても、安易に譲歩しようとしない。そのため北朝鮮側は、核のような「使えない最終兵器」ではなく、「いざとなったら使える切り札」が必要だ。それが長距離砲部隊なのだ。

また今後、米韓との約束に従って非核化を進めるにしても、長距離砲部隊を軍事境界線に張り付けて置けば、とりあえずは抑止力を保てる。その両方で譲歩するとなると、北朝鮮としては相当に大きな「見返り」が必要だ。それがいったい何なのかが気になるところだ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米印、貿易協定締結で合意 トランプ氏が相互関税引き

ワールド

米イラン、6日に核協議 イスタンブールで=関係筋

ワールド

グリーンランド首相「米の同地巡る支配意図変わらず」

ワールド

英、ロシア外交官を追放 先月の同様の措置への報復
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗り物から「勝手に退出」する客の映像にSNS批判殺到
  • 2
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れるアメリカ」に向き合う「日本の戦略」とは?
  • 3
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から脱却する道筋
  • 4
    中国政府に転んだ「反逆のアーティスト」艾未未の正体
  • 5
    関節が弱ると人生も鈍る...健康長寿は「自重筋トレ」…
  • 6
    エプスタイン文書追加公開...ラトニック商務長官、ケ…
  • 7
    世界初、太陽光だけで走る完全自己充電バイク...イタ…
  • 8
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 9
    共和党の牙城が崩れた? テキサス州で民主党が数十…
  • 10
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 5
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 6
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 7
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 8
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 9
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 10
    秋田県は生徒の学力が全国トップクラスなのに、1キロ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中