最新記事

音楽

AIロックスターがやってくる

2018年3月2日(金)17時10分
ケビン・メイニー(本誌テクノロジーコラム二スト)

そのプロジェクトは怖いくらい徹底的に計算されていた。ワトソンは、過去に大ヒットした2万6000曲以上の歌詞を読み込み、メロディーやコード進行を分析して、「心を揺さぶるパターン」を探した。また、過去数十年分のニューヨーク・タイムズ紙の1面記事、歴史的な最高裁判決、ウィキペディア、ブログ、ツイッター、人気映画のあら筋を読み込み、ヒット曲と時代背景の関係を探った。

だが、こうして作られた曲「ノット・イージー」は、全くヒットしなかった。それでも今後は分からない。ビートルズは現役時代に237曲、マイケル・ジャクソンは137曲を作ったが、AIならそれくらい数秒で作れる。「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」というように、数千万曲のうち1曲くらいは大ヒットするかもしれない。

コンサートにもAIの波が

とはいえ、最近のミュージシャンの最大の収入源はシングルやアルバムの売り上げではなく、コンサート収入だ。こればかりはAIも容易に代われないように見える。ステージ上にコンピューターしかないコンサートなんて、誰も行きたがらないだろう。

だが、それもエルトン・ジョンの試みによって変わるかもしれない。70歳のポップス界の大御所は1月に、コンサート活動からの引退を表明。ただし、今後3年間にわたる最後のツアーのデータをAI企業ライバル・セオリーと、舞台芸術などを手掛けるスピニフェックス、そしてグーグルに提供して、「ポスト生物学的エルトン・ジョン」を作るという。

具体的にはジョンの楽曲データ、コンサートの写真や映像、インタビュー等をデジタル化してAIに読み込ませ、バーチャル・リアリティー(VR)のジョンを作って、ツアーを続けさせようというのだ。VRゴーグルを着ければ、観客はジョンのライブを見ている気分を味わえるという。

こうしたVR技術に音楽AIを加えれば、とうの昔に死去したアーティストの「新曲」を作り、発表することも可能になる。さらにロボット工学を駆使すればVRゴーグルなしで、ポスト生物学的なロボットのジョンの演奏を見られるかもしれない。

やはりミュージシャンは廃業して、アマゾンの倉庫係にでもなるしかないのだろうか?

そんなことは絶対にないとは言い切れない。だが、1920年代にラジオが登場したときから99年のナップスターまで、ミュージシャンたちは昔からテクノロジーの進歩に脅かされ、そのたびに時代の変化に適応してきた。AI音楽がちまたにあふれれば、人間が作った曲がプレミアム化するという恩恵だって予想できる。それにAIでヒット曲を作る試みが、大失敗に終わる可能性も十分あるのだ。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

[2018年2月20日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:カジノ産業に賭けるスリランカ、統合型リゾ

ワールド

米、パレスチナ指導者アッバス議長にビザ発給せず 国

ワールド

トランプ関税の大半違法、米控訴裁が判断 「完全な災

ビジネス

アングル:中国、高齢者市場に活路 「シルバー経済」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 2
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 5
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 6
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 7
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 8
    「体を動かすと頭が冴える」は気のせいじゃなかった⋯…
  • 9
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 5
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 6
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 7
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 8
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 9
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 10
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中