最新記事

北朝鮮

金正恩のお菓子セットが「不味すぎて」発展する北朝鮮の資本主義

2018年2月15日(木)11時30分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

子供たちに配布される「菓子セット」の品質は低下し続けている KCNA-REUTERS

<歴代指導者の生誕記念日に配布される北朝鮮の「お菓子セット」はかつては子供たちの何よりの楽しみだったが、資本主義が根を張り始めた今では民間業者のお菓子の方がよっぽど安くて美味しい>

北朝鮮の食品工場は今月に入ってからフル稼働を続けている。光明星節(2月16日の金正日総書記の生誕記念日)に子どもたちに配る「お菓子セット」を生産するためだ。デイリーNKの内部情報筋によれば、人手が足りず、朝から晩まで16時間働き詰めの労働者も少なくないという。

当局は「忠誠心で自力更生せよ」などと言って残業代を一切払わないが、それでも労働者たちはほくほく顔だ。上から不満を抑えつけているわけでも、彼らが金正恩党委員長への忠誠心で満ち溢れているわけでもない。脱北者でデイリーNK記者のカン・ミジン氏は、その内幕を次のように説明する。

<参考記事:金正恩氏の「プレミアムお菓子セット」を独占入手!...党大会のお土産用

工場は、お菓子セットの材料を自力で調達することを求められる。国家指導者の名のもとに配給されるものだけあって、調達できなければ政治問題に発展し担当者のクビが飛びかねない。そのため中国から輸入したり、住民から徴発したりして材料がかき集められるのだが、その量は見る見るうちに目減りしていく。工場の労働者たちが、横流ししているのだ。

材料を扱う部署では小麦粉や砂糖を横流しする。生産する部署ではできたお菓子を横流しする。包装する部署では完成品を横流しする、という具合だ。労働者も幹部も、年に3回しかないビッグチャンスを最大限に活用し、お互い目をつぶり合ってせっせと横流しに励むのである。

食品工場では、お菓子が国の規定通りに作られたか品質検査を行うことになっている。しかし、厳しく検査したところで何の得にもならないことを知っている検査員は、他の部署からワイロを受け取り、形ばかりの検査を行う。かくして、子どもたちの手には本来のレシピからはかけ離れた出来の、まずいお菓子セットが渡されるというわけだ。

なぜそんなことが起きてしまうのか。それは工場労働者の給料が極端に安いからだ。北朝鮮の労働者が受け取る月給はせいぜい5000北朝鮮ウォン(約70円)。コメ1キロ分にしかならず、これだけではとても生きていけない。そこで、工場全体がグルになって横流しに励み、食い扶持を確保するのだ。

このような横流しは、食品工場に限ったことではなく、北朝鮮全体に蔓延している。これと同じ理由から、北朝鮮ではワイロ抜きには何もできないようになっている。行政や軍の幹部たちが、給料の少なさを補うため、自分の持つ権限を最大限に振りかざし、ワイロを要求するためだ。そのワイロはときに、女性に対する性的虐待の形を取ることもある。

<参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

本来、子どもたちにお菓子セットを配るのは、金日成・金正日・金正恩の3代の指導者がいかに偉大で、ありがたい存在かを子どもや親に宣伝するためだ。ところが実際には、横流しで質が悪くなったお菓子が、国の最高指導者の威厳を傷つける結果につながっている。

平壌の小学校では、お菓子をぶつけ合ういたずらをするという「政治事件」が起きてしまった。

お菓子よりも横流しの影響を深刻に受けているのは、「武器を持った社会的弱者」と言っても過言ではない朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の末端兵士たちだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国テンセント、第1四半期は予想上回る6%増収 広

ワールド

ロシア大統領府人事、プーチン氏側近パトルシェフ氏を

ビジネス

米4月卸売物価、前月比+0.5%で予想以上に加速 

ビジネス

米関税引き上げ、中国が強い不満表明 「断固とした措
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 5

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 6

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 7

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 10

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中