最新記事

朝鮮半島

平昌五輪による南北和解などない

2018年1月25日(木)17時45分
デービッド・クレー・ラージ(カリフォルニア大学バークレー校シニアフェロー)

ミュンヘン五輪は、その目標のいずれも達成しなかった。東ドイツにとって、ミュンヘン大会は西ドイツと手に手を取る大会ではなく、東西の社会政治的分断を見せつける場だった。

オリンピック参加でようやく、独自のユニホームを持つ完全な主権国家として振る舞うことを許された東ドイツの人々は、ホスト国の西ドイツに対して自国の特異性をこれでもかと強調してみせた。

彼らは、わざわざミュンヘンに来た唯一の理由は自国選手を応援するためだと主張した。ミュンヘンの左派勢力との交流も避け、バイエルン産のビールすら拒否して自国から持ち込んだビールを飲んだ。

東ドイツの人々の冷淡さに気を悪くして、従来なら愛国心を丸出しにするのを嫌う西ドイツの人々までも、自国選手だけに声援を送り、誇らしげに西ドイツ国旗を振って見せた。振り返ってみればこのミュンヘン五輪における東西ドイツの連携の失敗は、約20年後の東西統一の困難を予測するものだった。

ヒトラーを止められず

もちろん、今となっては72年のミュンヘン大会といってまず思い出されるのは、東西ドイツの「競技場内冷戦」などではなく、11人のイスラエル人選手らが殺害されたパレスチナ過激派「黒い9月」によるテロ事件だろう。彼らは、パレスチナ人の苦境を世界にアピールするためには、ミュンヘン五輪がこれ以上ない最大のテロ実行の舞台であると考えた。

結局、ミュンヘンの惨劇はイスラエルとパレスチナの対立を激しく悪化させた。そして、今日まで続く暴力と報復の連鎖を後押しすることになった。

72年のミュンヘン大会に比べれば、88年に韓国で開催されたソウルオリンピックは幸いにも、大会中の人的被害は免れた。だがこの大会からも、平昌オリンピックへの教訓が読み取れる。

当初、北朝鮮はオリンピックの南北共同開催を提案していた。世界から非難されてばかりの金日成(キム・イルソン)主席が、いかに平和を愛しているかを国際社会に見せつけようとの狙いだ。同時に北朝鮮は、提案が聞き入れられなければ大会をボイコットする、さらには何らかの「偶発的軍事衝突」が発生しかねない、と警告していた。

案の定、北朝鮮はソウルオリンピックをボイコットしただけでなく、大会妨害のためにテロ事件を起こした。開催前年の87年、北朝鮮工作員が大韓航空機を爆破させ、乗客乗員115人を殺害したのだ。それでもミュンヘンと同じく、ソウルオリンピックもIOCの勧告に従い、予定どおりに開催された。

これまでのところ、金日成の孫、正恩がやったことといえば、核開発やミサイル発射実験を続けて険悪な雰囲気を作ることで、間近に迫る平昌オリンピックの評判をおとしめてきたくらいだ。この調子なら平昌オリンピックは間違いなく開催され、おそらく南北選手団は統一旗を掲げて一緒に入場するだろう。

だが改めて言おう。過去のオリンピックの歴史から読み取れるものがあるとすれば、平昌オリンピックは北朝鮮と韓国の真の和解などもたらさないし、世界に平和と協調ももたらさないだろうということだ。

そして、36年のベルリン大会が第二次大戦へのヒトラーの歩みを止められなかったのと同様に、今回の平昌オリンピックも金正恩の核開発のスピードを緩めさせることなどできないし、ましてや核開発を断念させることなどほぼ不可能だろう。

<本誌2018年1月30日号[最新号]掲載>

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

IBM、コンフルエントを110億ドルで買収 AI需

ワールド

EU9カ国、「欧州製品の優先採用」に慎重姿勢 加盟

ビジネス

米ネクステラ、グーグルやメタと提携強化 電力需要増

ワールド

英仏独首脳、ゼレンスキー氏と会談 「重要局面」での
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 9
    死刑は「やむを得ない」と言う人は、おそらく本当の…
  • 10
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中