最新記事

少数民族

国際社会が使い捨てたクルド人と英雄バルザニ

2017年10月31日(火)18時50分
ジャック・ムーア

退任を表明したクルド自治政府のバルザニ議長はクルド人の英雄だった Azad Lashkari- REUTERS

<アメリカとともにサダム・フセインの圧政と戦いISISも撃退したが、独立しようとしたら攻め込まれた。勇敢だがまたも悲劇に終わったクルド人の英雄の物語>

イラク北部のクルド自治政府がイラクからの独立の是非を問う住民投票を9月25日に実施して以降、ISIS(自称イスラム国)を掃討した後クルド人が実効支配していた地域にイラク軍が進攻するなど、大きな混乱が続いた。ここ1カ月余りで、最も大きな代償を払うことになったのは、自治政府の事実上の大統領、マスード・バルザニ議長(71)だ。

バルザニは10月29日、議会に書簡を送り、議長職を退任する意思を伝えた。2005年に就任し、2015年の任期満了後もISIS掃討を理由に議長職にとどまっていた。

バルザニが率いるクルド民主党(KDP)によれば、バルザニは書簡で、「11月1日以降、議長職を続投することを拒否する」と表明した。

バルザニは「ペシュメルガ(イラクのクルド人民兵組織)で活動を続ける」とも言っており、今後も独立闘争を率いる指導者として影響力を残す可能性がある。

クルド民族運動の英雄ムスタファ・バルザニを父に持つバルザニは、16歳の時にペシュメルガに入隊して以降、クルド人の自治権拡大に関与するようになった。父の死去に伴い、1979年にKDPのトップに就任した。

サダム・フセインに弾圧された

イラクの旧サダム・フセイン政権は、1988年にクルド人自治区ハラブジャで化学兵器を使用するなど、クルド人を徹底的に弾圧した。バルザニはクルド人民兵としてフセインと戦った。フセインのクウェート侵攻を機に始まった1990年の湾岸戦争でフセインと戦う米軍に協力した結果、クルド人はイラク北部で自治権拡大を認められるようになる。1992年には、自治政府の樹立を目指して初めての議会選を実施した。

だがクルド人の二大政党でライバル関係にあるKDPとクルド愛国同盟(PUK)の対立で議会は機能不全となり、1998年まで内戦状態に陥った。クルド人居住区も一時PUKが支配する南東部とKPDの北西部に分断されたが、2003年のイラク戦争でフセイン政権が崩壊すると対立解消で合意した。そして2005年、バルザニがクルド自治政府の議長に就任する。

バルザニは議長に就任して真っ先に、クルド人独立への動きを加速させた。2005年にはクルド人自治区の独立を問う非公式の住民投票を実施し、98.8%の賛成票を得た。だがクルド人独立後のイラクの治安悪化を懸念するアメリカや、自国のクルド人に独立機運が飛び火するのを恐れるトルコ、イラン、シリアなどの周辺諸国は、バルザニの動きをことごとく妨害した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

エジプト大統領、ガザ再建巡り住民移住なしの計画を要

ワールド

トランプ氏「テスラのインド工場計画は不公平」、マス

ワールド

EU、鉄鋼関税割り当ての強化検討 トランプ関税発動

ワールド

GM、米政府の関税措置恒久化なら「工場移転検討も」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「20歳若返る」日常の習慣
  • 4
    1月を最後に「戦場から消えた」北朝鮮兵たち...ロシ…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 7
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 8
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 9
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 8
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 9
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 10
    イスラム×パンク──社会派コメディ『絶叫パンクス レ…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 9
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中