最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く(ウガンダ編)

人間には仲間がいる──「国境なき医師団」を取材して

2017年10月12日(木)16時45分
いとうせいこう

宿舎からオフィス棟へ

最初の日に訪問したMSF海外派遣スタッフの宿舎に着いたのが、夕方。すでに懐かしく思う不思議さを感じながら、宿舎前のポーチの小さなソファに座ると、2時間前にフランスから着いたばかりという女性スタッフがいて、互いに微笑みながら握手をした。名前を名乗りあっただけで、あとは黙って夕暮れの首都を眺める。谷口さんはノートパソコンで東京と連絡を取るため、与えられた部屋に帰っていた。

俺自身はたいしたことをしていないのに、フランス人スタッフに対して軽い同志の感覚が湧いてきて、それが誇らしかった。ウガンダにいる目的が自分のためでないことが、充実感を強めているのがわかった。彼女も俺も誰かのために、生きているのだった。

宿舎には黒猫2匹がうろついていた。ドアに「必ず閉めて。猫が入るから」と書いてあった。2匹はどうやら親子らしかったが、どちらもスリムで若々しかった。

猫もまた夕暮れに見とれていたから、結局4つの生命体が首都カンパラの空を見ているのだった。俺は2匹も同志のうちに数えた。

その日は3人用の部屋に俺1人でゆうゆうと寝た。他のスタッフはみな、居住区に移動して活動をしているらしかった。

取材最終日

翌4月25日9時、宿舎に隣接するオフィス棟へ移動した。ウガンダでのMSFの本部である。3階建ての1軒屋。事務スタッフは8時から17時の勤務になっているそうで、2階に数人の薬剤師がいた。

最も上の階に、初日俺たちを迎え入れてくれたジャン=リュックがいた。活動責任者の部屋の中で、ジャン=リュックは再会を喜んで満面の笑みを浮かべた。

MSF広報部として谷口さんはそのジャン=リュックにインタビューを始めた。それぞれの活動地での派遣スタッフや患者たちの声を、広報部は常に発信する役割がある。

あれこれとウガンダ独自の問題点や進展の具合など述べる中、ジャン=リュックがしっかりとこう言ったのが特に印象的だった。


「活動が楽しいと感じる限り、僕は現場にいるよ。キャリアを上げようとはまるで考えない。現場を離れて何が面白いんだい?」

それはいかにも彼らしい仕事のしかただし、人生の楽しみ方そのものだった。

そうだろ?というようにジャン=リュックは肩をすくめ、両手のひらを上げた。

俺もにやりと笑って大きくうなずいた。

「エピセンター」

ito1012c.jpg

本部とエピセンターの前。

玄関まで階段を下がり、同じ建物の奥にある「エピセンター」にも行ってみることにした。

小さな部屋の前のポーチに出てくれたのはマリリン・ボネットという茶色い髪の背筋の伸びた女性医師で、紺のパンツに濃い水色の襟ぐりの広いシャツを着こなし、大きめの金属製の美しい首飾りをつけていて、端的に言ってとてもかっこいい人だった。

エピセンターは1987年にMSFが設立した科学・疫学研究機関で、感染症の発生と流行、その原因について科学的証拠を提供することを目的としているそうだ。そういう第三者機関による正しい解析がなければ、適切な対応が取れないのは当然だろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

鉱物資源協定、ウクライナは米支援に国富削るとメドベ

ワールド

米、中国に関税交渉を打診 国営メディア報道

ワールド

英4月製造業PMI改定値は45.4、米関税懸念で輸

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中