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中東

「一個のおむすび」と浅草花やしきで平和について考えた

2017年9月29日(金)16時00分
アルモーメン・アブドーラ(東海大学・国際教育センター准教授)

しかし、こんな世の中でも平和を噛み締め、その意味について改めて考えさせられる瞬間がある。そして、そんな瞬間に出会った場所は意外に思われるかもしれないが、日本最古の遊園地「浅草花やしき」の中であった。

夏休みということもあって最愛の娘と仲の良い学校の友達を連れて、3人で「花やしき」へ遊びに行ったときだった。乗り物に夢中になっている娘とその友達を見守っていると、「ハナハナ海賊団」のステージショーが始まるというアナウンスが流れた。すると、たちまちステージの前とその周りは子供やその家族の観客で溢れ返っていったのだ。

夏の限定企画として「花やしき一座」という劇団が披露する物語だが、その内容は至ってシンプル。悪人である「海賊」と善人である「宝物の守り人」が戦う、という定番の「善と悪の戦い」の物語なのだ。ミュージカル的な演出と、愉快でコミカルな演技が人気を呼んでいるのだとか。

とはいえ、「海賊」と「守り人」が激しく戦う場面も見ものの一つとなっている。そして、ステージ上で個性的な衣装に身を包んだ役者の軽やかなダンスステップとスピーディーに進むストーリーの展開にみんなが釘付けになっていた。

いよいよ「善と悪のどちらが勝利するのか。『宝物』」は守り人たちが守り通せるのか」というクライマックスのシーンへと進む。こういう「善」と「悪」が戦う物語の通常の展開で言えば、最終的には「善」が決まって勝つ......というのは万国共通の結末だろう。ところが、「予想外」のまさかのエンディングになっていた。

なんと、これまで勇ましく懸命に戦ってきた「宝物の守り人」が争いの元となっていた宝物を海賊と分けることにしたのだ。意外な展開に動揺するばかりの私であったが、彼らは幸せを分かち合うというのである。

最後には、「争いを終わらせよう、共感こそ大切」などのような意味のセリフを海賊と守り人がそろって歌いながら、ストーリーが終わりを迎える。そして、「宝物はそもそも人に幸せを与えるためにある。であれば、海賊と分ければ、みんなで幸せになれる」と「宝物の守り人」は言う。おそらく世界のどこを探しても、こういうストーリーの設定、エンディングは見つからないだろう。

現実にはあり得ない話であろうが、「たとえ相手が敵であっても、他人と共感できなければ幸福にはなれない」ということだろう。私は「子供向けの話か」と思いながらも、平和への道となるヒントを教えられたような気がした。

almomen-shot.jpg【執筆者】アルモーメン・アブドーラ

エジプト・カイロ生まれ。東海大学・国際教育センター准教授。日本研究家。2001年、学習院大学文学部日本語日本文学科卒業。同大学大学院人文科学研究科で、日本語とアラビア語の対照言語学を研究、日本語日本文学博士号を取得。02~03年に「NHK アラビア語ラジオ講座」にアシスタント講師として、03~08年に「NHKテレビでアラビア語」に講師としてレギュラー出演していた。現在はNHK・BS放送アルジャジーラニュースの放送通訳のほか、天皇・皇后両陛下やアラブ諸国首脳、パレスチナ自治政府アッバス議長などの通訳を務める。元サウジアラビア王国大使館文化部スーパーバイザー。近著に「地図が読めないアラブ人、道を聞けない日本人」 (小学館)、「日本語とアラビア語の慣用的表現の対照研究: 比喩的思考と意味理解を中心に」(国書刊行会」などがある。

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