最新記事
海外ノンフィクションの世界

消費者の心に入り込む「選ばれるブランド」のつくり方

2017年5月16日(火)15時14分
手嶋由美子 ※編集・企画:トランネット

silkwayrain-iStock.

<脳科学における研究成果をマーケティングやブランディングに生かしたニューロマーケティングの新刊『「誘う」ブランド』。「ブランド・ファンタジー」とは何か、どのようにしたら構築できるのか>

2015年にネット上で起こったドレスの色を巡る論争を覚えているだろうか。人によって青と黒、あるいは白と金に見えるドレスの写真が、瞬く間に世界中に拡散され、あちこちで論争を巻き起こした。

なぜ、人によって見え方が異なるのか? これは私たちが現実をありのままに捉えているのではなく、過去の経験や期待によって脳が解釈や推測をしているためである。

近年、fMRI(機能的磁気共鳴断層撮影法)やEEG(脳波記録装置)といった脳の働きを計測する技術や機器の発達とともに、脳のメカニズムの研究が飛躍的に進んできた。

こうした脳科学における研究成果をマーケティングやブランディングなど、ビジネスに応用しようという試みが「ニューロマーケティング」である。

ドレスの色の見え方と同じで、ブランドの認識についても、実は脳が意識下でブランドに関するさまざまな情報を取り込み、経験と結びついた潜在記憶として蓄積している。こうしたブランドに関するさまざまな連想がネットワーク状に結びついたものを、ブランド戦略コンサルタントのダリル・ウェーバーは「ブランド・ファンタジー」と呼び、それが商品やサービスに「真の価値」を吹き込むのだと論じている。

「ブランド・ファンタジー」をどう構築するか

従来のマーケティングでは、いかに消費者の注意をひきつけるかに重点が置かれてきた。しかし、無意識のうちに取り込まれたブランドのイメージは、従来のアンケートやインタビューといった言葉を主体としたリサーチ方法では捉えられない。

ウェーバーの提唱する「ブランド・ファンタジー」理論は、こうした無意識の連想から消費者心理や意思決定のメカニズムを捉え、ブランド戦略に生かそうという画期的なアプローチなのだ。

では、強力な「ブランド・ファンタジー」はどのようにしたら構築できるのか。ともすれば抽象論になりかねない部分だが、ウェーバーは著書『「誘う」ブランド――脳が無意識に選択する。心に入り込むブランド構築法』(筆者訳、ビー・エヌ・エヌ新社)でブランディングの成功例を丁寧に分析し、その具体的な手法をイメージ豊かな言葉で提案している。

【参考記事】脳科学でマーケティングは進化する

わずかな表現の違いがイメージの大きな違いを生む

本書には、読み手の想像力をかき立てるような言葉がいくつも使われている。マーケティングやブランディングに関わる人のみならず、一般の読者にとっても、思い切った発想転換のヒントとなるかもしれない。

本書の翻訳を担った筆者の心に強く残ったのは、脳内で記憶を再構築するプロセスに関する研究への言及部分である。

これは被験者に2台の車が正面衝突する映像を見せた後、衝突時のスピードについて尋ねるという実験で、その際に一方のグループには「衝突」、もう一方のグループには「激突」と、表現を微妙に変えて質問する。実はこうしたわずかな表現の違いによって、衝突事故に関する1週間後の記憶は大きく左右されてしまうのだ。

翻訳においても同じで、訳語の選び方ひとつで読み手が受け取る印象――すなわち、無意識のうちに取り込まれるイメージ――は大きく変わる。著者と読者の間に立つ翻訳者として、改めて責任の重さを実感させられた。

【参考記事】資本主義の成熟がもたらす「物欲なき世界」

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

IMF、日本の財政措置を評価 財政赤字への影響は限

ワールド

プーチン氏が元スパイ暗殺作戦承認、英の調査委が結論

ワールド

プーチン氏、インドを国賓訪問 モディ氏と貿易やエネ

ビジネス

米製造業新規受注、9月は前月比0.2%増 関税影響
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 6
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 7
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 8
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 9
    【トランプ和平案】プーチンに「免罪符」、ウクライ…
  • 10
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 10
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中