最新記事

<ワールド・ニュース・アトラス/山田敏弘>

退任直前のオバマが、駆け込み「恩赦」を急ぐ理由

2016年12月19日(月)17時00分
山田敏弘(ジャーナリスト)

 人権派弁護士だったオバマは、これまで量刑の調整を含む司法制度改革を主張してきた。「私たちの国家は、セカンドチャンスの国であり、過去の過ちによって、資格のある個人が社会復帰して自分たちの家族や地域に貢献する機会を奪うことはしないだろう」と、かつて発言している。

 だが、連邦議会はオバマに抵抗する共和党が優勢で、刑事司法改革は進まなかった。そこでオバマ政権は、大統領の恩赦というシステムで対処している。これが、恩赦件数が増えている理由だ。

 ちなみに、オバマが行なった無罪放免などの完全な恩赦は2009年から現時点まで70件だが、これはジョージ・ワシントン米初代大統領の時代から見ても、最もスローペースだ。

 実はオバマ政権は司法制度改革の支持者から、減刑措置が停滞していると批判されていた。そこで政権側はラストスパートをかけ、今年だけで839人に減刑措置の恩赦を与えた。それでも司法制度改革の支持者は、オバマ政権の任期が終わるまでにもっと恩赦を増やすよう望んでいると、報じられている。

【参考記事】朴槿恵にも負けないほど不人気なのは、あの国の大統領

 過去を見ると、歴代の米大統領は、特に政権末期に物議をかもすような完全な恩赦を行っている。ロナルド・レーガン大統領は、ニューヨーク・ヤンキースのオーナーで違法な選挙資金を提供したとして起訴されたジョージ・スタインブレナーに恩赦を与えた。ジョージ・H・W・ブッシュ大統領(父ブッシュ)はイラン・コントラ事件に関与した国防長官などに恩赦を与えている。もっとひどいのはビル・クリントン大統領で、クリントンは違法薬物で1年服役していた自分の実弟に恩赦を与え、またクリントン夫妻の汚職疑惑であるホワイトウォーター問題で有罪になった人たちも赦免し、公私混同と批判された。

 司法制度改革を主張するクリーンなイメージのオバマが、公私混同と言われるような動きに出るとは考えにくいが、この「恩赦ラッシュ」は退任まで続くことになりそうだ。

 次期大統領のトランプは、犯罪に対してもっと厳しく臨む姿勢を見せて、オバマの司法制度改革を激しく批判している。オバマと人権派にしてみれば、今のうちにどんどん恩赦を与えておこうということなのだろう。

【執筆者】
山田敏弘

国際ジャーナリスト。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版などで勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)で国際情勢の研究・取材活動に従事。訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)。現在、「クーリエ・ジャポン」や「ITメディア・ビジネスオンライン」などで国際情勢の連載をもち、月刊誌や週刊誌などでも取材・執筆活動を行っている。フジテレビ「ホウドウキョク」で国際ニュース解説を担当。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国軍、台湾包囲の大規模演習 実弾射撃や港湾封鎖訓

ワールド

和平枠組みで15年間の米安全保障を想定、ゼレンスキ

ワールド

トルコでIS戦闘員と銃撃戦、警察官3人死亡 攻撃警

ビジネス

独経済団体、半数が26年の人員削減を予想 経済危機
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 10
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中