最新記事

ウイルス

「より多く女性を生かしておく」ように進化したウイルス。その理由は?

2016年12月16日(金)19時00分
高森郁哉

bluebay2014-iStock

<女性への毒性を弱め、母子感染で感染の機会を増やす...。ある種のウイルスはそのように進化したとする研究が発表された>

 ウイルスが人間に感染する経路は、代表的な接触感染、飛沫感染、空気感染のほか、女性の場合は妊娠、出産、授乳を通じて子にうつす母子感染の経路もある。したがって、致死性のウイルスなら、女性への毒性を男性より弱めることが「より多く女性を生かしておく」ことにつながり、感染の機会を増やせる。研究結果から、ある種のウイルスはそのように進化したと推測されるとする論文を、英ロンドン大学ロイヤルホロウェイ校の生物学研究者らが発表し、英学術誌『ネイチャー』が掲載した(要約の日本語版「【進化】男性より女性に対する毒性が弱い病原体」)。

日本とカリブ海地域で比較

 同校生物学部のフランシスコ・ウベダ博士とビンセント・ジャンセン教授は、白血病の原因となるヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1、国立感染症研究所の説明)に注目。HTLV-1の致死率は男性より女性の方が低いが、従来の説では、男性より女性の免疫応答が強いからだとされてきた。

 ウベダ博士らは、日本(赤ん坊を母乳で育てる女性の割合が高く、授乳期間も比較的長い)とカリブ海地域で、HTLV-1感染症から致死性の成人T細胞白血病(ATL)への進行症例をまとめた統計データを分析。すると、カリブ海地域では進行頻度に性差は見られなかったが、日本では男性の進行頻度のほうが2倍から3.5倍高かった。
ncomms13849-f6.jpg

 この結果は、女性が男性より免疫応答が強いとする従来の説では説明がつかない。

ウイルスの進化戦略

 ウベダ博士らは、数学的モデリングの手法を用いて、女性に対する致死率を男性よりも低くするウイルスが、自然淘汰において有利になることを示した。先述の地域による違いは、カリブ海地域では男女の感染の条件が変わらないためウイルスの自然淘汰が起こらないが、日本では女性の母子感染の機会が多く、女性のほうが宿主としての価値が高いため、女性への毒性を弱める進化圧が加わった、と説明できる。

 ウベダ博士は、「適者生存は、動物と人間だけでなく、(ウイルスを含む)すべての有機体に該当する」と述べ、今回の研究について、生物学的な進化の分析が医学に貢献できる好例だとしている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

イスラエルがイラン再攻撃計画か、トランプ氏に説明へ

ワールド

プーチン氏のウクライナ占領目標は不変、米情報機関が

ビジネス

マスク氏資産、初の7000億ドル超え 巨額報酬認め

ワールド

米、3カ国高官会談を提案 ゼレンスキー氏「成果あれ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 5
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 8
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 9
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 10
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中