最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く

リゾート地の難民キャンプに至るまで──ギリシャ、レスボス島

2016年12月5日(月)16時45分
いとうせいこう

 トルコ側は国境警備隊を配置し、ギリシャとの境を見張っているため、かつてのような流入はないものの、それでも今も1日に1隻程度のボートは海上で発見され、10人から15人が乗っている計算になるという。

 MSFでは彼ら苦難を経てきた人々に、グループセッション、あるいはあまりに厳しい経験を経た人へはマンツーマンの心理ケア、また法的支援、ないし健康教育の広報を通しての啓蒙などを続けているとも聞いた。

 ちなみに、マンタマドスでは特に親を失った子供の保護施設を設け、それまであった場所を勉強のためのものへと変えたそうで、そこにはギリシャ行政の協力も入り、MSF側は場所と医療を提供しているという。

 俺たちが話を聞きに行っているその場所はOCB(MSF内のオペレーションセンター・ブリュッセル)が統括しているのだが、彼らだけでも現地スタッフが70人ほど、そして外国人派遣スタッフが8人。ほとんどが現在は港町ミティリーニのコーディネーション・チームと、マンタマドスに集中している、とアダムは言った。

 活動領域を考えればその人数でもてんてこまいだろうし、難民流入のピークには相当なハードワークだったろうことが推測された。

アダム!

 概況を教えてもらってから、俺はアダム自身のことに質問を向けた。彼はもともとイギリスの人道医療組織におり(ただしその組織自体、元MSFの人が作ったものだそうだ)、セーブ・ザ・チルドレンに移ってアフリカ諸国を巡ってからMSFに参加し、南スーダンのピボールに9ヶ月いて武力衝突による情勢悪化にも遭遇したそうだった。

 彼のような歴戦の勇がいるのは他の人道団体との連携を深めるMSFギリシャにとって確実に有益で、実際に国連難民高等弁務官事務所 (UNHCR)、国際赤十字委員会、セーブ・ザ・チルドレンなどと彼らは週1回は情報共有をして意見をすり合わせ、課題ごとには常に連絡を取り合っているという。顔見知りなどがいればなおのこと、話が早くつくというものだ。

 さて、ずんぐりむっくりしたその重要人物の一人アダムはブリーフィングのあとで、俺たちにおもむろにこう言ったのだった。

 「では14時30分までランチを取って、それからまた来てくれますか?」

 それはつまりどこかへ連れて行ってくれるということか。

 現地取材が可能になったというのだろうか!

 アダムは机の上の書類から少し上目遣いをするようにしてこちらを見ると、少しだけ強い調子で続けた。


「カラ・テペの難民キャンプに僕がお連れしましょう」

 


(つづく)

profile-itou.jpegいとうせいこう(作家・クリエーター)
1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。著書に『ノーライフキング』『見仏記』(みうらじゅんと共著)『ボタニカル・ライフ』(第15回講談社エッセイ賞受賞)など。『想像ラジオ』『鼻に挟み撃ち』で芥川賞候補に(前者は第35回野間文芸新人賞受賞)。最新刊に長編『我々の恋愛』。テレビでは「ビットワールド」(Eテレ)「オトナの!」(TBS)などにレギュラー出演中。「したまちコメディ映画祭in台東」では総合プロデューサーを務め、浅草、上野を拠点に今年で9回目を迎える。オフィシャル・サイト「55NOTE

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米CB景気先行指数、8月は予想上回る0.5%低下 

ワールド

イスラエル、レバノン南部のヒズボラ拠点を空爆

ワールド

米英首脳、両国間の投資拡大を歓迎 「特別な関係」の

ワールド

トランプ氏、パレスチナ国家承認巡り「英と見解相違」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中