最新記事

トルコ情勢

トルコのロシア大使が射殺される。犯人は「アレッポを忘れるな」と叫ぶ

2016年12月20日(火)13時30分
今井宏平(日本貿易振興機構アジア経済研究所)

Ugur Kavas-REUTERS

<12月19日にトルコの首都アンカラで駐トルコ・ロシア大使をが写真展の開会の辞を述べる際に、警護のために会場にいた警察官に背後から銃撃され死亡した。>

【閲覧注意】こちらの記事には、銃撃で死亡した人物の写真・動画が掲載されています。

事件の概要

 12月19日にトルコの首都アンカラで駐トルコ・ロシア大使を務めていたアンドレイ・カルロフ(Andrey Karlov)が写真展の開会の辞を述べる際に、警護のために会場にいた警察官に背後から銃撃され死亡した。カルロフ大使の他に3名が負傷し、病院で治療を受けている。写真展に出席したカルロフ大使はボディガードを帯同させていなかった。

 2013年から駐トルコ大使を務めるカルロフはこれまでもレセプションや会合に出席する際、ボディガードを帯同しないことが多かった。今から45年前の1971年5月にエフライ・エルロム・イスラエル総領事が極左グループのトルコ人民解放軍に誘拐され、その後殺害された事件はあったが、トルコ共和国において、大使が殺害されたのは初めてであった。

 内務大臣のスレイマン・ソイルの発表によると、犯人はトルコ西部のアイドゥン県生まれの22歳の警察官、メヴルット・メルト・アルトゥンタシュであった。アルトゥンタシュはトルコ第3の都市、イズミル県の警察学校を卒業後、アンカラで2年半、機動隊員として職務に従事してきた。アルトゥンタシュは「アレッポを忘れるな、シリアを忘れるな。シリアの同胞が安全でない限り、お前たちも安全を享受できない」とトルコ語で叫んだあとカルロフ大使を銃撃した。アルトゥンタシュはその後、他の警察官によって銃殺された。

事件の背景

 アルトゥンタシュがトルコ西部の出身であり、アラブ系ともクルド系とも報道されておらず、警察官として採用されていることからトルコ・ISとの関係も考えにくい。また、7月15日クーデタ未遂事件後の警察官への捜査の中でもその職を続けていたことから、ギュレン運動の信奉者でもないだろう。なぜロシア大使の警備が甘いことを知っていたのか、などの疑問も確かにある。

 しかし現時点では、ソイル内相やプーチン大統領は事件を「テロ」と呼んでいるものの、ローン・ウルフ型の事件の可能性も否定できないだろう。上述の発言にあるように、アルトゥンタシュはシリアのアレッポにおけるアサド政権軍、ロシア軍、イラン軍、ヒズブッラーなど体制派の攻勢、それによる犠牲者および難民の増加に憤りを感じていたことだけははっきりしている。ヒュリエット紙の主筆であるムラト・イェトキンの分析によると、アルトゥンタシュは「ロシアによってアレッポで多くの子供が殺された」とトルコ語と片言のアラビア語で叫んだとされ、同様の発言をするファトフ軍(以前のヌスラ戦線)などと関係していた可能性も取りざたされている。

 アレッポにはトルコマン人と呼ばれるトルコ系住民が多く住む地域もあったが、11月末の時点で、トルコマン人が支配していた地域は空爆によってほぼ壊滅したと報道されている。12月20日時点で、アレッポはほぼ体制派に制圧され、それに伴いアレッポから大量の難民が反体制派の管轄する地域などへ逃れている。一部の難民はトルコのハタイ県にも流入している。シリア難民約278万人が滞在しているトルコは、現在、世界最大の難民受け入れ国となっている。

事件後の対応

 事件を受け、トルコのメヴルット・チャヴシュオール外相は、事件を強く非難するとともに、ロシアのラブロフ外相と電話会談を行った。プーチン大統領は、事件を「シリアにおけるトルコとロシアの友好的な関係を傷つけるものだ」とし、事件をテロと断定し、実行犯の背後に誰がいるのかを明らかにする必要があると述べた。エルドアン大統領も事件を強く非難し、ロシアとトルコが対テロ戦争で協力を強めることでプーチン大統領とも合意していると発言している。以前のコラムでも触れたように、昨年の11月24日のロシア機撃墜事件により関係が悪化した両国だが、今年の6月28日に関係改善で合意し、その後、良好な関係を構築してきた。

【参考記事】トルコはなぜシリアに越境攻撃したのか

 12月20日にはシリア情勢に関するロシア、トルコ、イランの3ヵ国外相会談がモスクワで行われる予定であり、そこではアサド政権の今後、アレッポ市民の避難、体制派と反体制派の会合の実施などが話し合われる予定である。また、フィキリ・ウシュク国防大臣も同日、ロシアの国防大臣と会談予定である。チャヴシュオール外相とイランのザリーフ外相はアレッポの情勢に関してここ5日間で17回に渡り電話会談を行うなど、緊密に連絡を取りあっている。シリアにおいて反体制派を支援しつつも、ロシア、イランと良好な関係を維持するトルコは、アレッポの情勢を緩和することができるアクターとして、仲介者の役割を果たすよう努めている。

 ISの「本陣」であるラッカでの戦いを前に、アレッポにおけるアサド政権と反体制派の争いが激化し、ラッカで体制派と反体制派、そして体制派を支援するロシア、イラン、反体制派を支援するアメリカ、トルコの足並みが揃わないことも危惧されている。加えて、トルコはアメリカとロシアが支援するクルド系勢力と敵対関係にある。シリアをめぐる事情は複雑である。今回の駐トルコロシア大使の銃撃事件は、現時点では何らかの組織が絡んだテロなのか、ローン・ウルフ型の事件が詳細は不明であるが、シリア内戦の国際化がますます強まり、周辺諸国や関与する諸国に大きな影響を与えていることだけは改めて明白となった(2016年12月20日日本時間午前11時脱稿)。

RTX2VQKBa.jpg

事件直後の現場の写真 Sozcu Newspaper-REUTERS

アルジャジーラ(カタールの衛星テレビ局)による、事件発生時の様子を捉えた映像。YouTubeから

MAGAZINE

特集:世界はこう見る日韓不信

2019-1・29号(1/22発売)

徴用工判決にレーダー照射......中国が台頭する東アジアで終わりなき争いを続ける日本と韓国への「処方箋」

人気ランキング

  • 1

    小説『ロリータ』のモデルとなった、実在した少女の悲劇

  • 2

    エロチックなR&Bの女神が降臨 ドーン・リチャードの新譜は...

  • 3

    「世界中が怒りを感じている」上位26人が下位38億人分の富を保有。富裕層があと0.5%でも多く税金を払えば、貧困問題は解決するのに

  • 4

    台湾のビキニ・ハイカー、山で凍死

  • 5

    偶然ではない、日韓は「構造的不仲」の時代へ

  • 6

    ネイティブが話す「本物」の英語は世界の職場で通じ…

  • 7

    タイ洞窟からの救出時、少年たちは薬で眠らされ、両…

  • 8

    現代だからこそ! 5歳で迷子になった女性が13年経て…

  • 9

    体重600キロ、体長4.4mの巨大ワニが女性殺害 イン…

  • 10

    全長7mの巨大ヘビが女性を丸のみ インドネシア、…

  • 1

    体重600キロ、体長4.4mの巨大ワニが女性殺害 インドネシア、違法飼育の容疑で日本人を捜索

  • 2

    小説『ロリータ』のモデルとなった、実在した少女の悲劇

  • 3

    全長7mの巨大ヘビが女性を丸のみ インドネシア、被害続発する事情とは

  • 4

    エロチックなR&Bの女神が降臨 ドーン・リチャードの…

  • 5

    タイ洞窟からの救出時、少年たちは薬で眠らされ、両…

  • 6

    北方領土が「第二次大戦でロシア領になった」という…

  • 7

    人の頭を持つ男、指がなく血の付いた手、三輪車に乗…

  • 8

    インドネシアの老呪術師が少女を15年間監禁 性的虐…

  • 9

    タイ洞窟の少年たちは見捨てられる寸前だった

  • 10

    「お得意様」は気づいたら「商売敵」に 中国の猛追へ対…

  • 1

    炎上はボヘミアン・ラプソディからダンボまで 韓国の果てしないアンチ旭日旗現象

  • 2

    口に入れたおしゃぶりをテープで固定された赤ちゃん

  • 3

    小説『ロリータ』のモデルとなった、実在した少女の悲劇

  • 4

    あの〈抗日〉映画「軍艦島」が思わぬ失速 韓国で非…

  • 5

    日韓関係の悪化が懸念されるが、韓国の世論は冷静──…

  • 6

    オーストラリア人の94%が反捕鯨の理由

  • 7

    ジョンベネ殺害事件で、遂に真犯人が殺害を自供か?

  • 8

    アレクサがまた奇行「里親を殺せ」

  • 9

    インドネシア当局、K-POPアイドルBLACKPINKのCM放映…

  • 10

    日本がタイ版新幹線から手を引き始めた理由

英会話特集 資産運用特集 グローバル人材を目指す Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
「ニューズウィーク日本版」編集記者を募集
デジタル/プリントメディア広告営業部員を募集
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

絶賛発売中!

STORIES ARCHIVE

  • 2019年1月
  • 2018年12月
  • 2018年11月
  • 2018年10月
  • 2018年9月
  • 2018年8月