最新記事

音楽

シンプルでちょっと弱気な新生ガガ様

2016年11月16日(水)11時00分
カール・ウィルソン

 そのままヒットメーカー路線を突き進むと思いきや13年には実験的な『アートポップ』を発表し、続く『チーク・トゥ・チーク』ではジャズの大御所トニー・ベネットとスタンダードナンバーをデュエット。そして『ジョアン』では、仮面を脱ぎ捨て等身大の自分を見せた。

 本物の歌手としての力量を証明するために、トニー・ベネットとの共演は欠かせない小休止であり、リセットだったのだろう。ニューヨーク大学芸術学部に早期入学し、ブロードウェイを愛した10代の頃の初心を再確認する機会でもあった。

 つまり、『チーク』があったからこそ『ジョアン』は生まれた。レディー・ガガとなる何年も前に、貧しいアーティストの卵だった彼女はニューヨークでピアノの弾き語りをしていた。『ジョアン』は当時の彼女の第2章だ。

 アルバム冒頭の「ダイヤモンド・ハート」で、ガガは当時を振り返る。生活のためにストリップクラブで働いた日々に触れ、さらに「クソ野郎」にも言及して「純潔を奪われた」レイプ体験で聴く人の共感を引き付ける。

社会派2曲はいまひとつ

 ステファニー・ジャーマノッタの袋小路から脱出するには「レディー・ガガ」のキャラが必要だった。そのガガの行き詰まりを打開するには、今回の『ジョアン』が必要だった。

【参考記事】熱烈歓迎!音楽ツーリスト様

 そもそもガガのキャラは、デビッド・ボウイやマドンナの二番煎じだ。デビュー当時はともかく、ソーシャルメディア全盛で何でもありの今では、いささか色あせて見えるかもしれない。「等身大の自分」というのも、新鮮味には乏しい。カントリーやフォーク風の素朴なサウンドに乗せて真実を歌うのは、よくある常套手段だ。

『ジョアン』は目ざとく流行を捉えてもいる。今年はメランコリックなヒット曲が目立つ年で、リアーナやドレイクらベテラン勢はそろってポップな路線を離れた。ビヨンセの『レモネード』をはじめ、社会への不安を率直に表現する作品も増えた。

 ガガも時流に乗り、フェミニズムや人種問題に切り込もうとした。ただし最もメッセージ性の強い2曲は出来がよくない。癌を患う女友達にささげた「グリージョ・ガールズ」は、やかましいだけでつまらない。さらにいただけないのが、白人警官による黒人射殺事件に抗議した「エンジェル・ダウン」。タイトル(天使が死んだ、の意)からハープの音色まで、すべてがセンチメンタル過ぎる。

 それでもデラックス盤に収録の「エンジェル・ダウン(ワーク・テープ)」は不思議と悪くない。サウンドはシンプルで、ガガのボーカルも伸びやかで気持ちが籠もっている。

『ジョアン』は多彩な魅力を持っているが、それが1つの明確な個性に結実するには至らなかった。弱気になったガガが「こんな私でいいの?」と反応をうかがう気配は感じられる。つまり彼女も、そういう年だということ。レディー・ガガことジャーマノッタも、まだまだ進化していく。きっと。

[2016年11月15日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

神田財務官、介入有無コメントせず 過度な変動「看過

ワールド

タイ内閣改造、財務相に前証取会長 外相は辞任

ワールド

中国主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問へ 5年ぶり

ビジネス

米エリオット、住友商事に数百億円規模の出資=BBG
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 7

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中