最新記事

国境なき医師団を訪ねる

世界の困難と闘う人々の晩餐─ギリシャの「国境なき医師団」にて

2016年10月14日(金)17時30分
いとうせいこう

MSFギリシャ理事会のあと、おおいに食べて飲んで語るメンバーの元気の源

<「国境なき医師団」(MSF)の取材をはじめた いとうせいこうさんは、まずハイチを訪ね、今度はギリシャの難民キャンプで活動するMSFをおとずれた。「暴力や拷問を受けた人びとを対象としたプロジェクト」を取材し、そして、MSFギリシャの理事会後の食事会で、熱く語り合うメンバーに囲まれた...>

これまでの記事:「いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く
前回の記事:ヨーロッパの自己免疫疾患─ギリシャを歩いて感じたこと

晩餐に招かれる

 同じ7月16日、土曜の午後8時に宿舎の呼び鈴が鳴った。

 先に部屋を出て玄関に向かったのは『国境なき医師団』ジャパン広報の谷口さんで、そこで明るい声を出しているのが聞こえた。

 あわてて部屋を出てみると、高い背を丸めた同い年くらいの男性がいて、ギリシャ訛りの英語でさかんに話をしていた。

 握手をして自己紹介しあえば、彼こそMSFギリシャエリアス・パブロプロスさんで、俺に心の底からという感じで「ようこそギリシャへ!」と言った。白髪頭を短く刈り、早口で長身で目をきょろきょろ動かしてよく笑う、手振りの大きな顎の少ししゃくれた人物だった。

 彼と谷口さんはスワジランドで一緒のミッションに関わったことがあったそうで、いわば顔なじみの一人だった。そのおかげでMSFギリシャの理事会後の食事会に、我々も参加出来ることになっていた。

 「じゃ、歩いていこう」

 エリアスさんは濃い眉毛の下の目を丸くしてそう言った。やはり歩くのだと思った俺はうなずきながらあとに従った。

 数本の道路を渡って移動する十数分の間、エリアスさんはまず自分の境遇について話した。世界各国で活動を続けてきた彼は、まさかEU内にある自国の国内スタッフになると思っていなかったと言った。


 「刺激的で不思議だよ」

 と笑うエリアスさんだったが、心に混乱のある様子はなかった。ただただ本当に刺激的な毎日を過ごしているようにしか見えないのは、エリアスさんがタフなミッションを幾つも経てきたからだろうと思った。笑顔を絶やさないことには一定の効力があるのに違いない。

 あれこれしゃべって、というか主にエリアスさんと谷口さんの会話を聞きながら歩いて、やがていかにも地元のレストランという感じの店へ来た。入り口から中を覗くと、英語の面影がどこにもなかった。ビールの瓶にもメニューにもギリシャ語ばかりがある。

 促されて奥に入れば半野外の場所に長いテーブルがあり、そこにすでに8人のメンバーが一枚の壁を背にしていてそれぞれに誰かとしゃべっていた。紹介されて軽く会釈をして椅子に座ると、テーブルの端にMSFギリシャ事務局長のマリエッタがいるのが見えた。

1014ito2.jpg

明るく騒がしい夕べ

 パンが出て来た。イカのフリッターが出て来た。小魚を揚げたものもうまかった。まさに地元の名店なのだろう、出てくるものはすべて素朴だが味わいが深かった。俺はすぐにウゾという現地の強い酒を追加注文した。軽いおかずによく合うと思ったのだ。テーブルの向こうから「いいチョイスだ!」と親指を上げてくれる男性がいた。

 小さなグラスに入った透明の酒は、水で割ると途端に白濁した。ぐいっとあおるとアルコール度の強い酒が口腔をしびれさせ、胃を握った。鼻から香りが抜けて出ていった。

 さらに何人かが加わり、会は盛大になった。聞けばMSFギリシャの主要スタッフがほぼ全員参加しているらしかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米連邦地裁、H─1Bビザ巡る商工会議所の訴え退ける

ワールド

米東部の高齢者施設で爆発、2人死亡 ガス漏れか

ビジネス

午前の日経平均は続伸も値幅限定、クリスマス休暇で手

ビジネス

歳出最大122.3兆円で最終調整、新規国債は29.
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中