最新記事

北朝鮮

首脳会談をでっち上げ? リオ五輪で「大暴れ」の金正恩側近

2016年8月12日(金)11時58分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

Stoyan Neno-REUTERS

<会談など行われていないのに、北朝鮮の代表団長としてリオ五輪に派遣されている崔龍海氏が、現地でブラジル首脳と会談したとの虚偽報道。また、同国の国民的英雄、重量挙げのオム・ユンチョル選手が金を逃すと、崔氏は代表団長にあるまじき態度を取った。この崔龍海とはどんな人物なのか> (写真の左:北朝鮮の金メダル最有力候補だったが、銀に終わったオム・ユンチョル選手)

 リオデジャネイロ五輪に、北朝鮮政府の代表団長として派遣されている崔龍海(チェ・リョンヘ)国務委員会副委員長が、現地で「大暴れ」している。

 同国の朝鮮中央通信は、崔氏が5日、ブラジルのテメル大統領代行と会談、北朝鮮とブラジルの友好関係の発展について話し合ったと報じた。首脳同士の儀礼的な面談を伝えただけの、どうということのない話である。

「変態性欲者」の評判

 ところが間もなく、とんでもないことが判明した。韓国の聯合ニュースがブラジル外務省関係者に確認したところ、「北朝鮮から副大統領クラスの高官が派遣されたのは知っているが、テルマ大統領代行とは接触していない」との回答があったというのだ。

 北朝鮮は、自分に都合の悪いことを隠したり、二枚舌を使って相手を惑わせたりするが、まったくのでっち上げを言うことは意外と少ない(普通の国よりは多いが)。上記のような、外交に関わる単純な事実関係については特にそうだ。

 では、どうしてこんな報道が出るのだろうか。筆者は、崔氏が自分の「活躍」をアピールするため、本国に虚偽報告を行った可能性があると見ている。崔氏はリオに到着した初日、IOCのバッハ会長が主催する夕食会に出席した。ここではテメル大統領代行が、来賓と握手しながら形式的なあいさつを行っていた。これを、さも「首脳会談」を行ったように粉飾したのではないのか。

 筆者がこのように疑うのは、崔氏の「出来の悪さ」で有名だからだ。

 崔氏は過去、女性問題などで数々の変態性欲スキャンダルを起こしており、失脚と復活を繰り返してきた。

(参考記事:美貌の女性の歯を抜いて...崔龍海の極悪性スキャンダル

愛人関係と権力

 失脚した際、他の幹部のように処刑されなかったのは、父の崔賢(チェ・ヒョン)元国防委員長が、故金日成主席の抗日パルチザン時代からの同志だったからだ。

 北朝鮮の体制において、抗日パルチザン出身者とその親類縁者たちは、最強の権力層を形成してきた。中でも崔賢氏は超大物として君臨し、その権威を笠に着た息子の龍海氏は、関西風に言うところの「アホボン」の代表格なのだ。

「出身成分」という厳格な身分制度が敷かれている北朝鮮では、どのような家柄と婚姻などを通じて(あるいは愛人関係も含めて)つながるかということが、非常に重要でもある。

「極太ズボン」で叱られる

 崔氏はこうした環境の中、まさにやりたい放題だったわけだ。

 リオ五輪においても、「アホボン」育ちらしい狭隘(きょうあい)な横顔を見せている。今大会で、北朝鮮の金メダル最有力候補だった重量挙げ男子56キロ級のオム・ユンチョルは、中国のライバルに敗れ銀メダルに終わった。

 すると、オムが登場するたびにスタンドから拍手を送っていた崔氏は、彼の優勝が消えた瞬間、席を蹴るようにして立ち上がり、表彰式も見ないまま会場を後にしたというのだ。

 オムはロンドン五輪で金メダルを獲得し、世界選手権を3連覇した国民的英雄である。失意の英雄の肩でも抱いて労をねぎらい、後進の選手らにやる気を起こさせるのが、代表団長の務めではないのか。

 金正恩党委員長はとんでもない暴君だが、このような振る舞いを良しとするほど単細胞ではないと思われる。実際、崔氏に対しては、自分の「極太ズボン」を真似ただけで叱り飛ばしたり、散髪している姿を指さして大笑いしたりと、軽んじているかのような態度をたびたび見せている。

(参考記事:金正恩氏「俺のマネ禁止令」を下す...「同じズボンを履くな!」

 韓国の北朝鮮ウォッチャーの中にはそんな様子を見ながら、「金正恩氏は、いずれ恐怖政治を強調するため、いつでも処刑できるよう崔氏を近くに置いているとしか思えない」などという人もいる。

 正恩氏は、祖父や父ほどには抗日パルチザン人脈を重視していない。崔氏は早く、そのことに気づいた方が身のためだろう。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ――中朝国境滞在記』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)がある。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米バークシャーによる株買い増し、「戦略に信任得てい

ビジネス

スイス銀行資本規制、国内銀に不利とは言えずとバーゼ

ワールド

トランプ氏、公共放送・ラジオ資金削減へ大統領令 偏

ワールド

インド製造業PMI、4月改定値は10カ月ぶり高水準
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 6
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 7
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 8
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 9
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中