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「民主主義ってこれだ!」を香港で叫ぶ――「七一游行」体験記

2016年7月8日(金)06時12分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

得票よりも世論の"香港式民主主義"

 そぞろ歩きしているだけで社会問題について知識を得られる。ついでに気になるグッズの買い物もできる。デモのルートは繁華街なので、疲れたら喫茶店やら甘味処に駆け込める。七一游行は政治空間であると同時にエンターテインメントの場としても高いクオリティを誇っている。

 もちろん楽しいだけではない。日本の参議院選挙がまさにそうだが、選挙というと論点は改憲や経済対策というビッグイシューに集中してしまうのが常だ。民主主義の本義は多数決ではなく少数意見の尊重である。香港最大の社会運動イベントである七一游行が少数意見のショーウィンドウとなっていることこそ、民主主義を体現しているのではないか。日本とは違う"香港式民主主義"がそこにはあった。

 デモの人混みをかきわけながら、私は独りごちた。「民主主義ってなんだ? これだ!」と。

 とはいえ、"香港式民主主義"に感銘を受けたという話では終わらない。デモ翌日に取材した香港の政党関係者からは「そんなに素晴らしいものではない」とたしなめられた。

 香港の最高議会にあたる立法会は、70議席中35議席は飲食、旅行、医療などの各種業界から選出される。一般投票で選出されるのは35議席だけだ。業界団体選出議員は往々にして親中派であり、さらには一般投票で議席を得る親中派もいるので、民主派は常に得票数で多数を占めてきたのに立法会全体では少数に立たされている。

 つまり選挙で勝って自分たちの要求を実現することは難しい。残る道は世論を盛り上げて、政権に「なんかこの要求が盛り上がっているから実施してみるか」と思わせるしかない。多数派を形成して選挙の勝利を目指すことよりも、ひたすら目立って声を上げ、世論を作ろうとすること。そこに注力してきたがゆえに生まれたのが、美しき"香港式民主主義"だった。

 人々の注目を集め世論を高めても、要求を受け入れるかどうかは政府の胸一つ。運動が成功する保証はどこにもない。それゆえに"香港式民主主義"に無力感を感じる人は増えているようだ。

【参考記事】反政府デモの「正しい負け方」とは何か?

 主催者発表では七一游行の参加者は前年の4万8000人から11万人に増えているが、警察発表ではほぼ横ばいの1万9300人。香港大学民意研究プロジェクトは前年比2000人減の2万3000~2万9000人と推算している。雨傘運動直前、2014年の七一游行は主催者発表51万人、警察発表9万8600人、香港大学民意研究プロジェクト推算9万2000~10万3000人だった。参加人数は2年前のわずか2割にまで減ってしまった。

 また無力感は「武力闘争もいとわず」と主張する過激な「港独派」(香港独立派)が台頭する背景ともなっている。港独派の一つ、香港民族党の陳浩天代表に話を聞いたが、雨傘運動の失敗を見れば平和的運動は力を持たないのは明らかだと断言。香港の自主性と文化を守るという目的を達成するためならば、あらゆる手段を否定しないと語った。なお「(独立を主張しない民主派が主導しているため)七一游行には参加しなかった」という。

 香港民族党をはじめとする港独派は、7月1日夜にまったく別の無申請デモを企画した。「中国政府の出先機関である中央政府駐香港連絡弁公室前に黒覆面をした上で集合せよ!」とネットで呼びかけたが、数千人とも言われる警官隊による厳重警備によって未遂に終わった。

 昼間の平和的デモと未遂に終わった夜の抗議活動は、香港の政治が今、岐路に立たされていることを示している。今までどおりの"香港式民主主義"が続くのか、それとも実効性を求めて実力行使が横行するのだろうか。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

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