最新記事

中国

豪雨で160人死亡、相次ぐ水害に中国人は怒って...いない?

2016年7月26日(火)06時17分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

普通の人々は何に怒っているのか

 話を聞いたのは冠水被害にあった天津市の住民だ。20日に大雨が降った天津では目抜き通りの濱江道がくるぶしまでつかるほどの冠水を記録。被害が深刻な地域では、深さ50センチと太ももほどまで水位が上がったという。

「政府の責任ですか?」との質問に「本当にひどい!」と怒りの声をあげたのがLさん。「こんな大雨になるっていう天気予報もなかったし、バスや地下鉄の運休がさっぱり告知されなかったのでバス停で立ち往生した」のが許せなかったのだとか。都市排水網の整備が遅れているなど政府の対策が不十分だったのではと話を振ると、「まあ中国は途上国だし、あれだけの豪雨が降ったら仕方ないでしょ」とあっけらかんとした答え。

takaguchi160726-3.jpg

天津市にて(7月20日) REUTERS

 もう一人、天津市の中心部に住むMさんの話を聞いた。「うちは平気だった! 冠水はあったけど、せいぜい数センチ。他の地域だと床上浸水したところも多かったから。英国人様様ですよ」。彼女が住む地域は「五大道」と呼ばれる元英国租界。150年前にイギリスが築いた排水網は今も健在だという。「五大道が1センチでも冠水したら、他の場所では大災害になってるんですよ。英国人は偉大ですね」と笑った。

 筆者がヒアリングした人がたまたまのんきな性格だったのでは、と思われるかもしれないが、怒りの声を拾おうと中国で道行く人にインタビューしても意外と肩すかしに終わることが多い。

【参考記事】計測不能の「赤色」大気汚染、本当に政府が悪いのか

 中国のSNSを見ても、「街が水没したのでボートでお出かけしてみた」「せっかくなので街中で泳いでみた」「道路で魚が釣れました」といった、のんきなネタ画像が多数アップされている。風刺というよりも、「こんな面白い自撮りができました」という承認欲求の産物であることが多いようだ。

takaguchi160726-4.jpg

7月4日、街中で魚を捕まえる南京市の住民(「21CN」の報道より)

 報道では直接大きな被害を受けた人、あるいは日頃から政府批判を繰り返している人々の声が大きく紹介されているわけだが、それ以外の人々は普段からあまり高望みをしていないだけに、さほど政府に対して怒っていないという印象だ。

 もっとも、これは中国政府にとって喜ばしい話ではない。「民衆から頼られる政府」というイメージこそが独裁政権の「支配の正統性」となっているからだ。そこで登場するのがプロパガンダだ。習近平総書記は「第一線で活躍した英雄模範、先進典型を広く宣伝し、組織・個人を表彰し、ポジティブ・エネルギーを広めよ」と訓示している。

 かくして「濁流に飛び込み土嚢を積み上げる武装警察五壮士」「危険を顧みず現地を取材した記者」「動けない老人を背負って運ぶ消防隊員」など、ポジティブ・エネルギー(中国語で「正能量」。習近平政権になって登場した言葉で、報道やネットからネガティブ・エネルギーを一掃することを目指している)あふれるプロパガンダが流されまくっている。

 一般民衆が求めているのは都市排水網の整備はもちろんのこと、「早めに正確な天気予報を出す」「バスが止まったらちゃんと告知する」といった普通なことなのだが。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

PayPayの米上場、政府閉鎖で審査止まる ソフト

ワールド

マクロスコープ:高市首相が教育・防衛国債に含み、専

ビジネス

日鉄、今期はUSスチール収益見込まず 下方修正で純

ビジネス

トヨタが通期業績を上方修正、販売など堅調 米関税の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    高市首相に注がれる冷たい視線...昔ながらのタカ派で…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中