最新記事

脳科学

脳波を読み取って歩行能力を取り戻す

脳波をコンピューターで電気信号に変えて筋肉に伝える新テクノロジーで下肢麻痺の患者が再び歩けるように

2016年5月23日(月)16時20分
エド・キャラ

光が見えた? バイク事故で下肢が麻痺したフリッツは30回の挑戦の末、自分の意志で歩くことに成功した Alex Gallardo-REUTERS

 波をコンピューターで読み取り、筋肉に直接伝えて下肢麻痺の患者を再び歩けるようにする──まるでSFのようなテクノロジーだが、もはや夢物語ではない。

 脳の活動を情報機器で読み取り、電気信号に変える技術であるBCI(脳・コンピューターインターフェース)と、電気信号の刺激で筋肉を制御する技術FES(機能的電気刺激)を組み合わせたBCI-FESは、実用化に着々と近づいている。

 カリフォルニア大学アーバイン校のゾラン・ネナディッチとアン・H・ドーが率いる研究チームは、脊柱の損傷部分を迂回して電気信号を筋肉に直接伝えるBCI-FES機器を開発。昨年秋、歩行能力を失った1人の若者に、自分の意志で歩かせることに成功したと発表した。

VR環境で信号を思い出す

 実験の協力者は、5年前のオートバイ事故で下肢が麻痺したアダム・フリッツ(28)。まず必要なのは事故前の脳が歩行中、脚に出していた信号を「思い出す」ことだった。彼は脳波計を搭載したヘッドセットを着け、バーチャルリアリティー(VR=仮想現実)環境で歩く自分を思い描いた。すると、数時間の訓練で「歩く」信号を出せるようになった。

【参考記事】リアルなVRの時代がついに到来

 次は信号を筋肉に伝えるため、脚に電極を装着。フリッツは筋力強化の物理療法を受けながら、「脳で歩く」練習を続けた。

 転倒を防止するハーネスを着けて歩けたのは、20回目の試験のとき。さらに訓練を少し続けると、BCI-FES機器だけで歩くことができた。そして19週間にわたる30回の挑戦の末、4㍍弱の歩行に成功した。

 中には、この方法の限界を指摘する専門家もいる。「脳波計の信号は『歩く』と『止まる』の2つの命令しか出せないようだ」と、ワシントン大学のチェット・モリッツ准教授は言う。つまり坂を上ったり、角を曲がったりするのには役立たないかもしれない。

 ネナディッチらの研究チームは、このテクノロジーをさらに改善したいと考えている。もっとシンプルなシステムにできたら、軽度の脊髄損傷、脳卒中、多発性硬化症によるさまざまな麻痺のリハビリテーションに応用できる可能性がある。

「脳内に機器を埋め込む侵襲的方法も追求したい」と、ネナディッチは実験報告で述べている。「埋め込み式は脳波が高精度で記録されるので、より高いレベルで(運動を)制御できる可能性がある。感覚の信号を脳に送り返せるので、自分の脚を『感じる』ことも可能になる」

[2016年5月17日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン氏、米の攻撃「正当性なし」 イラン外相と会

ワールド

イランのフォルドゥ核施設、「非常に重大な」損害予想

ワールド

米国によるイラン攻撃で航空網混乱、GPS妨害急増

ビジネス

ヘッジファンドのレバレッジ、5年ぶり高水準=ゴール
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「過剰な20万トン」でコメの値段はこう変わる
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり得ない!」と投稿された写真にSNSで怒り爆発
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    EU、医療機器入札から中国企業を排除へ...「国際調達…
  • 10
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 9
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 10
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中