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円高

ドル110円割れ続く、かい離する政府と市場の警戒感

2016年5月20日(金)10時31分

5月19日、5月中のドル/円は110円割れの「滞空時間」が長くなっているものの、政府内の景気をめぐる警戒感はもそれほど強くないもよう。写真は2013年2月に都内で撮影された1万円札と米国の100ドル札(2016年 ロイター/Shohei Miyano/File Photo)

5月中のドル/円は110円割れの「滞空時間」が長くなっているが、政府内の景気をめぐる警戒感は意外にもそれほど強くない。麻生太郎財務相は、一方向の為替の動きには断固とした対応をすると発言しつつ、適切な水準への言及を避けている。いったん105円台まで円高が進んだ際も、経済への打撃を懸念する声は政府内で少なかった。対照的に市場は円高と株安の連動を依然として警戒、政府とのギャップが拡大している。

<購買力平価からみて「円高ではない」>

「円高がイコール悪だとは思っていない」──。ある政府関係者は、今月2日以降にドルが105─109円程度で推移するのを見てこう語った。

政府内では首相官邸に近い関係者を中心に、110円を少し割り込んだ水準であれば日本経済にとって大きな打撃にならないと受け止める見方が広がっている。

一部では「120円台だった際の円相場が、オーバーシュートだったのではないか」(別の政府関係者)との声も出ている。

政府内の楽観論者は、いくつかの根拠を示す。1つは、購買力平価でみた場合の現状の為替水準が、円高でないとの認識だ。

ドル/円の購買力平価は企業物価ベースでみれば103円程度。それとの比較では、110円割れとなった5月初旬の相場は円安水準。また、安倍晋三政権発足から1年半が経過した2014年夏場まで100─102円程度で推移していた。当時と比較しても、円高とは言えないとの見方だ。

<非製造業が受ける恩恵>

日本の産業構造が大幅に変わった点を強調する政府関係者もいる。国内雇用者の7割は非製造業が占め、利益総額も製造業の2倍となっている。

別の政府関係者は「今は非製造業ブーム。円高とはさほど関係ない業種に経済のウエートが移りつつある」と指摘する。人口知能(AI)やロボットの活用など、政府が力を入れる内需系の政策が、今後の経済のけん引役とみている。

その政府関係者は「トヨタが日本経済の稼ぎ頭というイメージが(市場関係者の中では)強いだろうが、製造業が円高で減益になっても非製造業が増益になれば、日本経済全体として打撃にならない。非製造業がどの程度補えるかを見ている」と述べている。

一方、為替介入の権限を持つ財務省では、麻生財務相が「為替は一方向に偏しており、さらにこの方向に進むのは断固として止めねばならない」と明言している。

ただ、適正な為替水準は「政府ではなく市場が決める」とも発言。日本経済にとって「快適な水準はどこか」は、特定化を避けている。

財務省内にも、107─108円台の為替水準でも日本経済を圧迫すると見る声は少ないようだ。

<市場は円高警戒緩めず>

ところが金融市場は、政府内の円高楽観論とは対照的な見方を示している。円高と株安が連鎖的に進むことを警戒しており、そのカタリスト(媒介)は企業業績とみる。

「トヨタショック」は幸い広がらなかったものの、同社の4割減益予想は衝撃的だった。円高で企業業績が悪化、株安につながり、株安がリスクオフの円高を招けば、いわゆるアベノミクス相場は逆回転を始める。  市場関係者の中でも、105─110円のドル/円水準が日本経済に決定的なダメージをもたらすとの見方は少ない。しかし、「円安によって支えられていた日本経済の先行きに不安が高まっている」とニッセイ基礎研究所チーフ株式ストラテジストの井出真吾氏は指摘する。

<政府が懸念する税収減シナリオ>

政府部内にも円高への懸念が全くないわけではない。「税収の行方には非常に関心を持っている」(政府関係者)との声は多い。特に企業収益悪化に伴い、これまで税収増を支えてきた法人税の動向を気にする声もそれなりにある。

しかし、安倍首相が出席する経済財政諮問会議では、そうした声は表には出てこない。会議のメンバーの中には「ここまでの法人税収は非常に高水準であり、体質改善を反映した部分もある」との声もある。

この結果、105─110円程度での推移であっても「アベノミクスが腰折れするとは思ってない」と、多くの政府関係者は口をそろえる。

ただ、為替相場はいったん勢いがつくと、一方向に動き出す「習性」がある。世界のどこかでリスクオフ心理をかきたてる経済的なショックが発生すれば「逃避先として選好される円が買われ、ドルが90円前半まで急落するリスクシナリオの可能性も捨て切れない」(国内銀関係者)との見方が、市場ではくすぶっている。

110円割れの水準がこの先も長期化した場合、企業業績にどの程度の打撃となるのかは、企業がこの3年間にどの程度体質改善を図ってきたのかを示す「リトマス試験紙」と言える。アベノミクスの評価がここでも問われる構図となっている。

(中川泉 取材協力:伊賀大記 編集:田巻一彦)



[東京 19日 ロイター]


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