最新記事

テロ警戒

パリには非常事態の延長よりやるべきことがある

1万人以上の人員を投じても、怪しい行動を見て通報してくれる住民がいなければザルと同じだ

2016年4月25日(月)19時24分
ジョセフ・ダウニング(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス研究員)

緊張 ブリュッセルでテロが発生した3月23日、パリは一層の厳戒態勢に入った Philippe Wojazer-REUTERS

 ビジネスの世界ではよく、「たくさん働くのではなく、賢く働け」と言う。問題を解くには、やたらとたくさん試すより、知的に優先順位を考えて効率よく解決したほうがいいという意味だ。

 フランスの今の「非常事態」は、国家がたくさん働いて、しかし賢くは働いていない例だ。非常事態宣言はパリ同時テロがあった昨年11月13日に発動され、それから延長を繰り返して今にいたっている(政府は7月31日まで再延長したい方針)。

 パリだけで1万人以上の部隊を投入し警戒にあたっていること自体が、比較的少人数のグループが実行する犯行への対策として的外れであることは明らかだ。

【参考記事】「フランスは戦争状態」オランド大統領、非常事態3カ月延長へ

 パリの惨劇を軽く見ているのではない。イスラム過激派のガンマンと自爆テロ犯のグループが130人を超える市民の命を奪ったのだ。だが、フランスの情報機関と法執行機関が、ヨーロッパの都市でこうした虐殺行為を計画し実行する個人のグループやネットワークと渡り合うには、もっと深い問題と取り組む必要がある。

 具体的なテロの脅威と相対する際、フランス当局には敏捷さが欠けている。フランス諸都市の調査でわかったことは、パリやリヨンの郊外のようにイスラム系フランス人が多い貧困地区では、フランス警察はまったく姿がないか、そうでなければ最初から重武装の対決姿勢でやってくる、という不満を何度も聞いた。

情報を吸い上げられない組織

 情報を収集し、具体的な情報に基づいて過激派の脅威と戦い、中立化するという点でもスピードがない。昨年1月にフランスの風刺週刊紙シャルリ・エブドを襲ったクアシ兄弟の場合、近所の住人は犯行前に2人が隠し持っていた武器を発見したが、警察には通報しにくくて黙っていた、というのもその典型だ。

【参考記事】【ドキュメント】週末のパリを襲った、無差別テロ同時攻撃

 インテリジェンスと警察活動はフランスにおけるテロの根本原因と戦うために重要だ。今の非常事態体制では解決にならない。組織犯罪ネットワークはフランス全土にあり、ベルギーにも進出している。過激派の戦闘員や犯罪グループはこうしたネットワークを通じてやすやすと軍事レベルの武器を手に入れる(11月13日の襲撃で使われた銃もそうだ)。

 商店に押し入る単独の強盗からギャング同士の抗争まで、こうした武器が使われるのはフランスでは珍しいことではない。2012年、麻薬組織の豪邸で知られるマルセイユの15区と16区の摘発に軍隊が出動したのも、犯罪者たちが、軍隊でしか対抗できないような武装をしているからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB当局者、6月利下げを明確に支持 その後の見解

ワールド

米、新たな対イラン制裁発表 イスラエルへの攻撃受け

ワールド

イラン司令官、核の原則見直し示唆 イスラエル反撃を

ワールド

ロシア、5─8年でNATO攻撃の準備整う公算=ドイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画って必要なの?

  • 4

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 5

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 6

    【画像】【動画】ヨルダン王室が人類を救う? 慈悲…

  • 7

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 8

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 9

    インド政府による超法規的な「テロリスト」殺害がパ…

  • 10

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中