最新記事

脱北者

北朝鮮レストラン「美貌ウェイトレス」が暴く金正恩体制の脆さ(2)

集団脱北がニュースになったが、ミスコン並みの厳しい審査により選抜・派遣された良家出身のウェイトレスらは、外貨稼ぎのため売春も強要されている

2016年4月18日(月)17時05分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

外国に憧れて…… 海外にいても監視は厳しかったが、外の世界に触れることで、ウェイトレスたちは現実を知り、国家への忠誠心を失ってしまったのかもしれない(4月16日、北京の北朝鮮レストラン) Damir Sagolj-REUTERS

 前回の記事「北朝鮮レストラン『美貌ウェイトレス』が暴く金正恩体制の脆 さ(1)」で、中国の北朝鮮レストランで起こったウェイトレスら従業員13人の集団脱北事件が、金正恩体制の脆さの表れであることを指摘した。

 北朝鮮レストランのウェイトレスが脱北するのは、今にはじまったことではない。そうしたリスクがあるにも関わらず、北朝鮮当局が海外でレストランを展開してきた最大の理由は「外貨稼ぎ」だ。合法的なビジネスとして展開できる北朝鮮レストランは、外貨稼ぎの花形でもあった。

 それだけに、誰でも簡単にウェイトレスとして海外に派遣されるわけではない。

 聯合ニュースによると、ウェイトレスに選ばれるためには、「ミスコン」並みの狭き門をくぐらなければならないという。身長162センチ以上、体重48キロ以下という厳しい基準があるため、ダイエットする応募者までいるとのことだ。食糧事情が厳しい北朝鮮で「ダイエット」というのも、にわかに信じられないかもしれないが、新興富裕層のなかには、覚せい剤まで使ったダイエットが浸透している。

 数度の審査を経た女性たちは、中国語、接客マナー、歌、ダンス、楽器など、ウェイトレスとしての素養を徹底的に叩き込まれ、韓国人客への対応方法も学ぶ。例えば、金日成一族や北朝鮮体制を非難する客がいれば、その場で対応せず、指導員に報告して対応を任せるといったぐあいだ。

 こうした厳しい選抜過程をくぐり抜けて、女性たちは、ようやく海外に派遣されウェイトレスとして働きはじめるが、ここでも苦しい日々が待っている。北朝鮮レストランで働いた元ウェイトレスの証言によると、睡眠時間以外は、分刻みのスケジュールだという。普段は集団生活で、外出する時は、秘密警察員や朝鮮族の管理人の同行が必要となる。さらに、ここ最近の経営難から、売春まで強要されているという複数の証言がある。

 たしかに、北朝鮮国内では、慢性的な経済難や社会秩序の乱れから売春も増加している。しかし、北朝鮮レストランにおける売春は、体制維持の外貨を稼ぐ目的、すなわち国家による強制売春だ。

 厳しい労働環境にも関わらず、北朝鮮レストランで働きたがる女性は多かった。海外を見たいという好奇心、そして北朝鮮にいる時より稼げるからだ。そして、実際に派遣された彼女たちは、歯を食いしばって辛い労働環境で働いてきた。そんな彼女たちの希望を、金正恩第一書記の暴走気味の政策、そして人権を無視する姿勢が、打ち砕こうとしている。北朝鮮レストラン集団脱北事件は、起こるべくして起こったのだ。

(参考記事:徐々にわかってきた金正恩氏の「ヤバさ」の本質
(参考記事:金正恩氏が「暴走」をやめられない本当の理由

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ――中朝国境滞在記』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)がある。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア黒海主要港、石油積み込み再開 ウクライナの攻

ビジネス

メルク、インフルエンザ薬開発のシダラを92億ドルで

ワールド

S&P、南ア格付けを約20年ぶり引き上げ 見通し改

ワールド

米国境警備隊、シャーロットの移民摘発 初日に81人
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中