最新記事

日中関係

日本の100億円緑化事業が遊牧民の自然を破壊する

善意の植林活動が日中友好どころか、現地の中国人やモンゴル人に愛されない理由

2015年12月28日(月)17時30分
楊海英(本誌コラムニスト)

侵略者を見る目 中国の開墾で砂漠化した遊牧民の草原を今は日中で「緑化」するが Natalie Behring-Bloomberg/Getty Images

 日本政府は今月初め、中国で植林・緑化事業を進める団体を支援する「日中緑化交流基金」に100億円弱を拠出すると表明。本年度補正予算案に盛り込み、同事業を継続することで日中関係の改善を期待するという。

 同基金は99年に日本政府が100億円を拠出して創設。中国で植林・緑化事業に関わる日本の民間団体を援助し、毎年約1000万本、計約6万5000ヘクタールの植林が行われてきた。緑化事業により、発癌性の微小粒子状物質(PM2.5)が中国から飛来する「越境汚染」の低減も期待できるという。

 私は政治的にも科学的にもこの種の事業は今後、中止すべきだと提案したい。まず政治的な面から言えば、日本の運動の基盤となる善意を中国は実際には悪意で捉えているからだ。

 私は内モンゴル自治区オルドス高原出身。日本の植林・緑化事業はモンゴル人の土地に当初から巨額の資金を投じて緑化実験をしてきた。日本と中国はこの地を「ムウス(毛烏素=悪い水の意)砂漠」と呼び、果てしない大地を緑に変えよう、と80年代初期から努力してきた。日本のある国立大学が現地に砂漠研究所を設置。そこにはいつも「遠山正瑛(せいえい)」と自らの名前を記した腕章を着けて走り回り、緑化に対する理解を深めようと試行錯誤を重ねる老学究の姿が見られた。

「侵略者」の慰霊活動?

 彼らは90年代から主としてオルドス北部のクジュークチ(首飾りの意。中国名・庫布其(クブチ))砂漠でポプラの木を植える運動を展開した。しかし、日本の植林団体は常に中国政府の厳しい監視下に置かれていた。植林ツアーの中に旧日本軍の関係者がおり、「植林を名目に、戦死した『侵略者』を弔う活動をしている」とみられていたからだ。

 初期の植林事業は日本が「反省と贖罪」を表明するための実践の1つであり、戦死者を追悼する人がいても不思議ではない。問題は「侵略者は万死に値する悪人で、弔ってはいけない」という、日本とは根本的に異なる世界観を中国が有することだ。
実際は毎年、日本の植林団体が帰国すると、せっかくのポプラも現地の中国人に伐採されるか、家畜に食われてしまう。汗水を流した現場には「日本」うんぬんとの看板すら立っていない。誰も日本人の慈善行為を知らない。

 科学的に見ても、「砂漠を緑に」というロマンチックな夢を語るのは、農耕民の森林偏重の発想にすぎない。

 内モンゴルの砂漠はもともと地球誕生以来、偏西風がつくり上げた自然の「作品」だ。北アジアの砂漠の最北端はアルタイ山脈の東に広がる「モンゴル・エレス」。日本ではゴビ砂漠として知られるこの乾燥地は緩やかに南西へと走り、黄河を越えて形成されたのがムウス砂漠とクジュークチ砂漠だ。古代中国人が「大漠」と表現して不毛の地と見なしたこの地は、実は遊牧民に愛され利用されてきた乾燥地草原だ。豊富な地下水脈があり、くぼみには草も生い茂る。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザ全域で通信遮断、イスラエル軍の地上作戦拡大の兆

ワールド

トランプ氏、プーチン氏に「失望」 英首相とウクライ

ワールド

インフレ対応で経済成長を意図的に抑制、景気後退は遠

ビジネス

FRB利下げ「良い第一歩」、幅広い合意= ハセット
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 10
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中