最新記事

モンゴル

チンギス・ハンは中華的英雄?奪われた陵墓の数奇な運命

ホテルで起きた「テロビデオ」逮捕劇が明かす草原の覇者に抱いた中国人の奇妙な愛憎

2015年7月30日(木)17時30分
楊海英(本誌コラムニスト)

モンゴルの英雄 ウランバートルのチンギス・ハン像。その陵墓は今なお中国領にある B. Rentsendorj-REUTERS

 大ハン(君主)の国を目指そう──。13世紀以来、多くのヨーロッパの探検家を東方へと駆り立てたロマンの1つはモンゴル帝国の発祥地を旅することだった。マルコ・ポーロやクリストファー・コロンブスはそうした偉大な冒険家たちの代表だ。

 当時、中国はモンゴル帝国の4分家の1つ。チンギス・ハンの孫フビライ・ハンが礎を定めた元朝だった。元が滅び、幾多の星霜が過ぎし今日においても、モンゴル高原を一目見ようとするツアーは相変わらず人気を博している。そうしたなか、7月10日に旅行を楽しんでいた外国人20人が中国・内モンゴル自治区西部のオルドスで拘束された。歴史愛好家の夢に水を差す事件となった。

 拘束された外国人はイギリス人9人と南アフリカ人10人、インド人1人。いわばイギリス連邦の構成員から成るツアーだった。一行は慈善団体のメンバーで、香港から上陸して47日間にわたって中国を回る予定だったが、オルドスにある「チンギス・ハン陵」を見学しようとしていた矢先に逮捕された。

「ホテルの部屋でテロ扇動のビデオを見ていた」容疑というが、実際に彼らが見ていたのはモンゴル帝国の歴史を紹介した映像。歴史を予習した上で遺跡を見学しようとしていただけだった。

 内モンゴルでは以前から治安当局が外国人の動向に目を光らせてきたが、この逮捕劇は習近平(シー・チンピン)政権における対外警戒心の過剰さをあらわにした。特に今回、中国を過度に神経質にさせたのはチンギス・ハン陵の存在だ。

大ハンの子孫か下僕か?

 陵(墓)といっても、東ヨーロッパまで軍を進め、モンゴルとユーラシアの遊牧民族にとって英雄とあがめられている男の遺骨はそこにない。「神聖な遺品類」、すなわちチンギス・ハン本人が使用していたとされる馬具と弓矢、それに妃たちの遺品がこの地で祭られている。

 モンゴル帝国歴代の大ハンは必ず「チンギス・ハンの御霊前」たる陵で即位式に臨んできたし、地元では多くのモンゴル人が13世紀から今日まで「大ハンの儀礼」を維持してきた。何百年間にわたって「聖なるチンギス・ハンの身辺に付き添ってきた」という自負から、モンゴルナショナリズムが格段に高い場所だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドGDP、7─9月期は前年同期比8.2%増 予

ワールド

今年の台湾GDP、15年ぶりの高成長に AI需要急

ビジネス

伊第3四半期GDP改定値、0.1%増に上方修正 輸

ビジネス

独失業者数、11月は前月比1000人増 予想下回る
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中