最新記事

中東

シリア空爆に込めたイスラエルの計算

イスラエルは、空爆すればシリアのアサドだけでなく、ヒズボラやイランからも報復攻撃を受けかねないと知っていた

2013年2月14日(木)14時48分
ダン・エフロン(エルサレム支局長)

不安定な時代へ イスラエルの北部国境地帯ではミサイル迎撃システム「アイアンドーム」が反撃に備えている Baz Ratner-Reuters

 内戦中のシリアから武器が流出して、レバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラに渡るかもしれない。それを阻むために空爆を行ったら、どんな影響があるか。イスラエル当局はここ数カ月、その点を熟考していた。

 結論は、空爆に踏み切ればシリアからもヒズボラからも、あるいはイランからも報復を受けかねないというものだった。だがこの件に詳しい元当局者によれば、当局は報復がすぐに行われる可能性は薄いと考えていた。

 先週、イスラエル軍機がシリア領内で兵器輸送車列を攻撃した後の展開は、この予測どおりだったようだ。

 シリアは領空侵犯に抗議し、イランは「イスラエルに深刻な結果」を招くと脅したが、当面の反応はそこまでだった。専門家らによると、イランもヒズボラもイスラエルとの対立を強めたくない。シリアのアサド大統領は生き残りに懸命で、イスラエルに構っている暇はない。

「ヒズボラは何か行動を起こすべきか、これまでどおりシリアから武器を入手し続けるべきか、はかりに掛けている」と、イスラエル国家安全保障研究所のヨラム・シュバイツァーは言う。「当面は国境地域で、イスラエルに対抗するための武装強化に専念するのではないか」

 空爆についてイスラエルは沈黙を守っている。イスラエル機がダマスカス近郊の「科学研究施設」を狙ったとシリア側は言うが、証拠は見当たらない。

 前出の元当局者によれば、標的はロシア製の地対空ミサイルSA17だった可能性がある。このミサイルがあると、イスラエル機はレバノン上空を飛び回りにくくなる。

 シリアが持つ大量の生物・化学兵器がヒズボラに渡ることを心配して攻撃した可能性もある。シリア情勢が深刻化するとともに、イスラエルはこの問題に懸念を表明してきた。しかしバルイラン大学ベギン・サダト戦略研究センターのダニー・ショーハムは、生物・化学兵器を攻撃していれば、その事実が明るみに出ているはずだと言う。化学兵器の材料を運ぶ輸送車を攻撃すれば、「その地域が汚染されている可能性が高い」。

 イスラエルはここ数週間、シリアやレバノンに攻撃された場合への備えを進めていた。ミサイル迎撃システム「アイアンドーム」2基を北部国境方面に移動させ、市民には新しいガスマスクを用意するよう呼び掛けた。

 シリアの反政府派にはイスラム過激派勢力が多く含まれているため、イスラエルはシリアの体制崩壊を恐れている。かつてバラク国防相の首席補佐官を務めたミハエル・ヘルツォクによれば、国境地帯がさらに不安定になることは避けられない。

「アサド政権が倒れたら国境地帯で治安悪化が進むと、イスラエル情報当局は考えている」と、ヘルツォクはワシントン中近東政策研究所の報告書に書いた。「国境付近にイスラム過激派グループが増え、武器弾薬をため込んでいるとみられるためだ」

 彼らはアサド政権の崩壊後、イデオロギー的な憎悪からイスラエルを攻撃する可能性がある。さらにイスラエル軍も、アサド陣営が最終的な越境作戦を仕掛けてくるというシナリオを排除していない。

 ヘルツォクが言うように「新たな不安定な時代」がイスラエルを待っていることは確かだ。

[2013年2月12日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中