最新記事

パイプライン

時代の逆風に揺らぐロシアの天然ガス支配

新パイプライン「サウスストリーム」は欧州市場を逃したくない一心の壮大な無駄

2013年1月22日(火)16時52分
ダン・ペレシュク

立場が逆転 もうガスプロムのコワモテは通らない?(ロシアのパイプライン) Yuri Maltsev-Reuters

 欧州のライバル諸国との長年にわたるぎりぎりの契約交渉が実って、ロシアの国営ガス会社ガスプロムは先週、遂に大規模なパイプライン「サウスストリーム」の建設に着工した。欧州のエネルギー市場に対する支配強化の野望へ向け、大きな一歩を踏み出したといえる。

 国際エネルギー市場の新たな動きは、供給源の多様化と価格下落。そんななか、南欧および中欧諸国にロシアから直接天然ガスを供給するための高価なパイプラインはロシアの追い風になるかお荷物になるか──専門家は様子見の構えだ。

「これは中期的プロジェクトだ」と、オックスフォード・エネルギー研究所のジョナサン・スターンは言う。

 サウスストリームはロシア南西部から黒海海底を通り、ギリシャなどを経由してオーストリアやイタリアに至る200億ドルのプロジェクト。ロシアと何度もガス紛争を起こしているウクライナは迂回する。

 イタリアのENIなど独仏伊の資源エネルギー3社が半分を出資、2015年後半までに年630億立方メートルを輸送できるようにする予定だ。

 既に天然ガスの4分の1をロシアからの輸入に頼っているヨーロッパ人は、ざわざわと不安が広がるのを感じている。

心配性なヨーロッパ人

 サウスストリームを壮大な無駄とあざ笑う批判派もいる。ロシア政府は欧州諸国がロシアの天然ガスに依存し続けるよう、セルビア、ブルガリアなどパイプラインが通過する国すべてと個別に交渉をした。

 その狙いは、EUも出資して進めているナブコパイプライン計画をつぶすことだともいわれる。トルコなどの中央アジアから、ロシアを迂回して天然ガスを欧州に輸入するパイプラインだからだ。

 ロシアの焦りもみえる。欧州の大国は、天然ガスを液化してパイプラインがなくても船で運べるようにした液化天然ガス(LNG)を世界中から輸入し始めている。天然ガスより高価とはいえ、供給源が増えたことでロシア産の天然ガスにも既に値下げ圧力がかかっている。

 モスクワの証券会社URALSIBキャピタルのアナリスト、アレクセイ・コキンは、LNGのシェアが急速に拡大するのを見てガスプロムは、小国だけでもつなぎ留めようと思ったのだろうと推察する。「パイプラインの狙いの1つは、欧州の小国がLNGの受け入れ基地を造るのを阻止することだ」

 アメリカで新しいタイプの天然ガスを大増産している「シェールガス革命」も、いずれは欧州におけるロシアの天然ガス支配にとっての脅威になるだろう。

 だがスターンによれば、シェールガス革命はヨーロッパ人の目にはまだ遠い。いつか北米のシェールガスLNGが欧州市場に到達する日も来るかもしれないが、それが現実になる2015年頃にはサウスストリームも操業を始めている。

 ヨーロッパ人はもっと自信を持つべきだというのは、フィンランド国際問題研究所のアルカジイ・モシェスだ。そもそも欧州はガスプロムの支配下にあるわけではない。取引は相手があって初めて成り立つもの。欧州が天然ガスを買ってくれなければ困るのはロシアも同じだ。

「長いこと、欧州は誤った認識を抱いていた。欧州は一方的にロシアの天然ガスに依存しているわけではない」とモシェスは言う。「常に天然ガス収入を必要としていたのはロシアのほうだ。時はヨーロッパの味方だ」

 欧州の不安は本当に杞憂なのか、その答えを知るにはもう少し時間がかかりそうだ。

From GlobalPost.com特約

[2012年12月19日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中マドリード協議、2日目へ 貿易・TikTok議

ビジネス

米FTCがグーグルとアマゾン調査、検索広告慣行巡り

ビジネス

中国新築住宅価格、8月も下落続く 追加政策支援に期

ワールド

北朝鮮、核兵器と通常兵力を同時に推進 金総書記が党
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中