最新記事

宗教

血塗られたキリスト教徒狩りが始まった

欧米諸国でのイスラム教徒迫害が注目を集める陰で、イスラム諸国でのキリスト教徒虐殺が見逃されている

2012年4月25日(水)18時20分
アヤーン・ヒルシ・アリ(アメリカン・エンタープライズ研究所特別研究員)

大きな犠牲 カイロで起きたイスラム教徒との衝突で死亡したコプト教徒の葬儀(昨年3月) Amr Dalsh-Reuters

 欧米諸国でイスラム教徒が襲撃されたという話や、昨年の「アラブの春」の民衆革命でイスラム教徒が独裁者と勇敢に戦ったという話は、しばしば話題になる。

 しかしその陰で、まったく別の戦いが起きている。その知られざる戦いでは、何千人もの命が奪われている。

 世界のイスラム諸国で、多くのキリスト教徒が信仰を理由に殺されているのだ。拡大を続けるこのジェノサイド(大量虐殺)に、世界はもっと危機感を抱くべきだ。

 イスラム教徒を犠牲者や英雄扱いする描き方は、真実のせいぜい一面しか伝えていない。西アフリカから中東、南アジア、オセアニアに至るまで、イスラム教徒が多数派を占める国々では近年、少数派のキリスト教徒に対する暴力的迫害が頻繁に起きるようになった。

 政府や政府の息の掛かった勢力が教会を焼き払ったり、キリスト教徒を投獄したりしている国もある。反政府武装勢力や民間自警団がキリスト教徒を殺害したり、先祖代々の土地から追い出したりしている国もある。

 こうした実態は、メディアでほとんど報じられていない。報道することで、暴力がエスカレートすることを恐れている面もあるのかもしれない。だが、おそらくそれより大きな原因はイスラム協力機構(OIC)といった国際機構や、米イスラム関係評議会(CAIR)などイスラム系ロビー団体の影響力だ。

 これらの組織の最近10年ほどの活動により、欧米の有識者やジャーナリストは、イスラム教徒を標的とした差別事件がことごとく「イスラム恐怖症(イスラモフォビア)」という邪悪な病理の表れだと考えるようになった。外国人恐怖症(ゼノフォビア)や同性愛恐怖症(ホモフォビア)を連想させ、人々の道徳的嫌悪感を引き出すことを意図した用語だ。

 しかし近年の状況を客観的に見ると、むしろ「キリスト教恐怖症(キリストフォビア)」のほうがずっと深刻だ。例えば、人口の4割をキリスト教徒が占めるナイジェリア(イスラム教徒が多数派の国の中では、キリスト教徒の割合が最も大きい)。この国のイスラム教徒とキリスト教徒は長年にわたり、内戦の一歩手前の状態にある。

 緊張のかなりの部分は、イスラム過激派勢力がつくり出している。「ボコ・ハラム」(「欧米教育は罪」の意)と名乗る過激派組織は、ナイジェリアにイスラム法を確立することを目指し、国内のキリスト教徒をすべて殺すと宣言している。

「民族浄化の初期段階」

 今年1月の1カ月だけで、ボコ・ハラムは54人を殺害した。昨年には510人以上を殺害し、350以上の教会を焼き打ちにしたり破壊したりしている。これまで教会やクリスマスの集まり以外に、ビアホール、市役所、美容院、銀行が襲撃の標的にされてきた。

 スーダンでは反政府勢力ではなく、政府が迫害に手を染めている。長年、北部のイスラム教スンニ派の独裁政権が南部のキリスト教徒や伝統宗教の信仰者たちを迫害してきたのだ。

 スーダンの「内戦」と一般に呼ばれている出来事の実態は、宗教的少数派に対する政府の継続的迫害にほかならない。迫害は、03年に始まったダルフール地方の悪名高いジェノサイドで頂点に達した。

 昨年7月には南部が分離独立を果たしたが、暴力は終息していない。南スーダンとの国境沿いの南コルドファン州では、キリスト教徒を標的にした空爆、暗殺、子供の誘拐などの残虐行為が続いている。国連の報告によると、罪なき5万3000〜7万5000人の市民が住居を追われた。住宅や建物の略奪や破壊も横行しているという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米豪首脳がレアアース協定に署名、日本関連含む 潜水

ビジネス

米国株式市場=大幅続伸、ダウ500ドル超値上がり 

ワールド

米控訴裁、ポートランドへの州兵派遣認める判断 トラ

ワールド

米ロ外相が電話会談、ウクライナ戦争解決巡り協議=国
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 7
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 8
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 9
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心…
  • 10
    若者は「プーチンの死」を願う?...「白鳥よ踊れ」ロ…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 7
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中